艦これSSまとめ-キャラ別これくしょん-

艦隊これくしょんSSのキャラ別まとめブログ


天龍 龍田 川内 神通

【龍田SS】天龍「オレと、提督の恋」【艦これ】

2016/12/23

夜の闇の中、オレは洋上を駆ける。

左手の短装砲が月に照らされた敵の急所を打ち抜くと、目の前のデカブツは悲鳴を上げて動きを止めた。

すかさず右手で軍刀を引き抜き、接近して止めを刺す。

たった今、弾を放った短装砲から立ち込める硝煙の匂い。
敵をこの手で切り裂いた高揚感。
勝利の余韻に浸りながら、月を背景に・・・そう、オレはこう呟くのさ。

「硝煙の匂いが最高だなあ、オイ」

と、ここでこびり付いた奴らの血液を拭って刀を鞘へ。

へへ、決まったぜ。カッコいいだろ?
なんてことをやっていると、決まって茶々を入れてくる奴が一人・・・

「天龍ちゃん、ダメよぉ~。油断しちゃあ」

俺の背後でズドン、と大きな音がする。
主砲が直撃した音だ。

どうやら敵にまだ生き残りがいたらしい。

・・・あぶねーあぶねー。
龍田の攻撃を受けた敵の駆逐が、音もなく海の底へ沈んでいく。

「へっ、龍田がやってくれるって分かってたからな」

「ふ~ん、どうだか」

クス、っと笑って龍田はそれ以上何も言わない。

信頼ってやつだな、うん。
今度こそ周りに敵がいないのを確認して、っと。

「やっと作戦完了かあ、随分かかったなあ」
「そうね~、結構苦戦したわあ」

敵の戦力は大したことはなかった。

海域も鎮守府近海、ここはオレたちのホームグラウンドで。

ここに展開していた敵はせいぜい駆逐か軽巡の、しかもたまたま迷い込んできた弱っちい奴らばかり。
もっとちゃっちゃと片付けるべきなんだよなあ。

「なんか、上手くいかねーよなあ」
「そうねえ」

何だか閉まらない会話をしていると、そこに馬鹿が一人。
「何~、何の話し?夜戦でもするの~?」

「おめーな、夜戦なら今したばっかりだろ」

夜の闇に馴染む漆黒の髪。
それを台無しにするかのように爛々と輝く瞳。

夜戦だ夜戦だもう1戦、などと騒ぐのは、俺と同じ軽巡洋艦、川内。
通称夜戦馬鹿、だ。

何でそう呼ばれているかって?

・・・まあ、見りゃ分かるだろ。
さっきまで二手に分かれていたんだけど。

「そっちも終わったのか」
「あの・・・はい、戦闘・・・終わりました」

はしゃぐ川内の後ろから、物静かな声。
「神通、凄かったんだよー。私が2隻、神通が3隻撃破だからね!」

「オレと龍田も2隻ずつだから、MVPは神通だな」

「あらあら、また神通さんがMVPなのね。すご~い」

全く、毎度毎度MVPを持っていくのは、オレでも相棒の龍田でも、ましてや夜戦バカでもなく、この内気な神通と来たもんだ。

世の中おかしいぜ、ったく。
「・・・撃破数なんて、大したことじゃありません。MVPも・・・」

まだまだ頑張らなくてはと呟く神通。

こりゃ、オレらに言っているんじゃなくて自分に言い聞かせてるな。
一番おかしいのは世の中じゃなくてコイツ、ってか。
「にしても、何かピンとこねえんだよなあ」

鎮守府に引き返す道の途中で、さっきの龍田との会話を蒸し返す。

戦闘は勝利に終わっているし、犠牲者も出ていない。言うことなしのハズなんだが。

「あ、それ私も感じるー!」

相槌を打つのは、川内。

「せっかくの夜戦なのに、なんかこう、身体が重い?みたいな」

いや、夜戦限定じゃねーんだが。
こいつは夜戦のことしか考えてないのか?
「そうねぇ、何ていうのかしら。もっと身体を動かせる、交わせる。当てられる。そんな感覚はあるのに、実際は上手く動けないのよねえ」

「頭の中では出来る、と思っていることが実際やってみると中途半端というか・・・そんな感覚は、あります」

川内に続いて、龍田、神通も賛同する。
オレ、龍田、川内、神通。

鎮守府の主力である俺たちの力があれば、すぐにでも鎮守府近海の外、南西諸島の防衛ラインあたりの敵はぶっ倒せそうなものなんだ。

これは敵を甘く見てるとか、そんなんじゃないんだが・・・。
実際は倒しても倒しても湧いてくる敵を殲滅しきれず、戦線は膠着している。

そこそこの勝利と、そこそこの敗北。

あれ、オレってこの程度だったっけ?
もっと動ける気がするのに、なんでだろ、みたいな感覚。

「修練が、足りないのでしょうか・・・」

反省するように言う神通。
・・・おめーの練習量はもう増やしようがないだろ。

「全く、何が足りないのかねえ」

まあ、こんな会話は何度もしているわけだ。

そしていつも、とにかく頑張るしかないって感じで落ち着く。

今回もそうなるって思ってたんだが。

意外な奴が、意外な話題を出してきやがった。
「そういえば、こういう噂知ってる?」
「アン?」

川内だ。

「恋が、私たち艦娘を強くするって噂」

「・・・お前、夜戦以外のことも考えれるんだな」

「あー、失礼だな、天龍。それじゃ私が夜戦馬鹿みたいじゃない!」

違ったのか、びっくりだぜ。
「でもそのお話、私も聞いたことがあるわあ」

「あの・・・私も・・・」

マジで?

「本当よお、恋が実った途端活躍出来るようになったって、よその鎮守府で話題になっているみたいだわ」

へえ。オレたち艦娘は当然ながら、女しかいない。

ということは、相手の男は人間ってことになるわけで。
「オレたちが人間の男と?ないない」

あんな奴ら、信用できるかってんだ。
オレたちを、兵器としか見ていない奴らなんか。

「じゃあ天龍ちゃんは、恋をしてみたくはないのかしら~」

ぶっ・・・

「オ、オレが恋!?冗談だろ!?」

ないない。似合わない。想像しちまって、そう思う。

全然想像が出来ないぜ・・・オレが恋?
「そういう龍田こそどうなんだ、本当は憧れたりしてんのか?」

こ、恋に。

なんて、なんだか照れくさかったので最後まで言えなかった。

「私は、天龍ちゃんがいるからそれでいいの~」

・・・なんだそりゃ。

龍田は時々、自分の本音というか、本心を話さないことがあるからなあ。
「でもでも、私は恋してみてもいいかなあって思うけどね!」

「マジかよ、川内」

いつの間に大人の女になりやがった!

「一緒に夜戦がやれる人となら付き合ってもいいかもしれない!」

・・・あ、違った。

自分より下のレベルの奴がいるとホッとするのは何故なんだろうな。
「強くなれるのであれば、恋というものをしてみるべきかもしれません・・・」

神通が思いつめた様に言う。

・・・自分よりぶっ壊れた奴が近くにいると不安になるのは、何故なんだろうな。

本音を言わない龍田よりも、本音を見失っている神通の方がやっかいだ。

何とかしてやりたいと思うけど。

正直、どうしていいか分かんねえ。

川内と視線が交わる。

オレと同じ目をしていた。
「そう言えば、明日よ。天龍ちゃん」
「何がだ」

こういう時、龍田はすげー。

雰囲気に敏感なんだな。オレよりずっと細かいところに目が行く。

「新しい提督が着任するの」
「ああ・・・」

オレはため息をつく。

川内も神通も、真顔になる。
期待1、不安9ってところだな。

オレはこれっぽっちも期待してねーけど。

「どうせまたロクな奴じゃねーよ」
「・・・天龍さん、上官にそんな事を言うべきではありません・・・」

流石神通。
軽巡勢一番の真面目ちゃんだ。

「そうよお、ちゃんと会ってから嫌いにならないと」
「龍田お前それオレより酷くない?」

こいつ本当、人間には辛辣だな・・・。

ま、気持ちは分かるけどよ。
前の提督がどっかに行ってから—-降格人事、ってやつだ—-もう何ヶ月だったかな。

秘書艦の仕事をやれる奴らが交代で執務をとって、何とかやれてきた。

龍田や駆逐の叢雲なんかがそうだ。それで、問題も置きなかった。

「今までどおりで良いんじゃねえの?」

「駄目よお。出撃する艦娘の数、減っちゃうでしょ~」
執務もして、出撃もして。正直良くやるぜ。

「それとも、天龍ちゃんも手伝ってくれるのかしら」
「ヤだよ、かったりぃ~」

オレは戦場でこう、ズバっとドカっとやれりゃそれで良いのさ。

デスクワークなんて、あくびが出ちまう。
「ふふ、天龍に秘書艦は似合わないよねえ」

と川内が笑う。
自分でもそう思うけど、こいつに言われるとそれはそれでムカつくぜ。

「うるっせえ、お前にだけは言われたくねーよ!」

艦隊が笑いに包まれる。
神通も少しだけど笑っている。これでいい。

でも、このままじゃいけないんだよなあ。

鎮守府の港にオレたちが着く頃。

『明日』はすっかり『今日』になって、朝日がオレたちを出迎えていた。
「ふわぁ~あ」

「天龍ちゃん、だらしないわよ~」

帰投から4時間。
仮眠から目覚めたオレたちの活動が始まる。

「何で龍田は元気でいられるんだよ」

あくびを噛み殺し、眠い目を擦りながら歯を磨くオレ。

ついでに言えば、ヨレヨレのシャツもボタンは全開。
・・・シャツ着たまんま寝ちまったからな。
なのに相棒はすっかり着替えを終え、ピシっとした格好をしている。

「淑女の嗜みよ、うふふ」

・・・これが女子力ってやつか、すげーな。
オレには一生真似できそうにない。あぁ、眠ぃ。

「熱いコーヒー、飲む?」
「ああ」
10時まであと少し。

今日ばかりはシャキっとしなきゃな。

・・・最初から舐められる訳にはいかねーのさ。

パン、と両手で頬を叩いて、眠気を払って。

「よし、行くぜ!」
「は~い」

我らが提督さまの、着任のご挨拶に行こうかね。
執務室へ向かう途中で、川内姉妹と会う。

「おう」
「あ、天龍さん、龍田さん。おはようございます」
「おはようございます~」

神通いつも通り。
夜戦の方は・・・

「朝・・・ツライ・・・うぅ・・・」

全然夜戦夜戦してなかった。
「ったく、しゃーねえなあ」

「あらあら、さっきまでの天龍ちゃんみたい」

「おい龍田、そりゃねーだろ。今はシャキっとしてるんだから」

夜戦後の川内はいつもこんな感じだ。

「お前、寝るなよ」
「う・・・ん、頑張る」

人間は気に食わねーが、上官の前で寝るのはやばいだろ。

4人揃って、執務室の扉の前に立つ。
「そんじゃ、行くぜ」

コンコン。ノッカーを叩いて室内へ。
・・・ちゃんと礼儀は心得ているんだぜ?

ピン、と張り詰めた空気。
既に俺たち以外の役者は勢ぞろいしていた。

時間より前に来たんだけどな。

誰も、一言も喋らないから気まずい。
「?」

先に部屋の中にいた軽巡・夕張と目が合う。
口パクで・・・お、そ、い、・・・か。

普段遅いのはお前のくせに。

何がとは言わないけどな。
しかし、鎮守府の主力級が揃うと凄いな。

でも、今一番存在感を放っているのはオレたち艦娘じゃあない。

この部屋の主は、部屋に入った俺たちに背を向けて、窓から見える港を見下ろしていた。

昨日、俺たちが夜戦から帰投したあたりだ。

真新しい白い軍服に制帽。

そこから覗く黒い髪。
「全員揃ったか」

執務机の奥—-この部屋の主である提督が声を発した。

それだけで、オレたちの緊張感がいっそう深まる・・・んだけれど。

(あれ・・・?)

オレは、ちょっと驚いた。
今までのオレたちの上官—-提督だった奴らはみんな、大本営の偉いオッサンたちだった。

ハゲだったり太っていたりと、多少の違いはあったけれど。

みんな50歳は超えてたと思う。

(若いな)

提督が発した声は、明らかに若かったのだ。
今までと違って。

だから、驚いた。

オレはまた、「ああ、また新しいオッサンが来るんだな」と思ってたからな。

提督が振り返る。
歳の頃は・・・本当に若い。
いってて25,6位じゃないか、こりゃ。

執務机に手をついて。

「今日からこの鎮守府の提督に着任した。みんな、よろしく頼むよ」

文化系の顔立ち。
短く切り揃えられた黒髪に、理知的な瞳。
顔のイメージにぴったりな静かな声で、提督はオレたちにそう言って笑って見せた。

ズキン。
あれ、胸が痛いや。どうしたんだろう?

前に戦闘で不覚を取って、軽巡ホ級の砲撃を受けた時の痛さとは違う。

何て言うのかな、心臓に矢を射られた様な、そんな感じが一瞬した。

予想と違うタイプの上官が来て、緊張しているのかな、オレともあろうものが。
左右をチラっと見ても、済ました龍田たちの顔があるだけで。

特に変わったところは何もない様に思えた。

まあでも、歳なんて関係ないさ。

今までの提督は、着任してそうそう偉そうにお説教を垂れてきた。
やれ、自分が来たからには楽をさせないとか。

お国を守る戦いの名誉がどうだの。

その為に死ぬ覚悟がキサマらにはどうの。

気合があれば深海棲艦どもなぞものの数ではないと言ったやつもいたな。

・・・なら、お前が戦ってみろっての。

でも目の前の提督は、そんなオレの予想をまたも裏切った。
ふむ、とため息を一つ。
自分の隣に控える秘書艦に向かって言い放った。

「・・・で、俺はこれ以上何を言えばいいのかな?」
「は?」

思わず声が出る。

「て、天龍ちゃん」

小声で龍田が叱ってくるけれど、もう遅い。
こちらに顔を向けた提督と視線が合う。

・・・ズキン。

ああ、まただ、ちくしょう。

「何かな、ええと」
「て、天龍だ」
「そうか。天龍、意見があるなら言ってくれたまえ」

げ、何を言えばいいんだ、これ。

すがる思いで隣を見ると、龍田が自分の額に手をやって、完全に呆れていた。

・・・オレだって好きで目を付けられたんじゃないっての。
「アンタが間抜けなこと言うから、呆れられているんでしょうが」

助けはオレの斜め前の方・・・秘書艦の机から寄越された。

さっき提督が相談した相手。

秘書艦の叢雲がいつも通り不機嫌そうな声で言う。

「いや、そんなことは無いぜ・・・です」
「敬語は無くて構わないよ」

そんな事言われてもなあ・・・。
秘書艦さまは腕を組んで、顎を上げてこちらに合図してくる。

アンタが喋りなさい、ということだろう。

「今までの提督は着任の挨拶に、おせっきょ・・・じゃなくて、戦いの心構えのようなものをおしえてくれた・・・です」

久々の敬語は・・・悲惨だなこりゃ。

「敬語は無くていいって言ったのに」

ニコリと白い歯を見せて、提督が笑った。

恥ずかしくて顔が熱くなる。
「さてさて。心構え、心構え、ね」

コツコツコツ、と軍靴で床を鳴らしながら、提督が自身の周りを行ったり来たり。

その姿がまるで舞台役者の様で、オレたちは自然と惹き込まれてしまう。

室内は、さっきまでと違った緊張感に満ちていた。
コツ、コツ、コツ。

恐怖、恐れ、不安から、この人は一体何を言うんだろうという期待へ。

コツ、コツ、コツ。
オレたちは、これから始まる劇を一瞬たりとも見逃すまい、と食い入るようにして提督を見つめていた。

コツ。
足音が止んだ。
ああ、これにしようと提督が呟いて。

ピン、と人差し指だけ立てて、こう言った。

「みんな、沈むな。これだけだ」

え、どういう事?
みんなが同じ疑問を抱いたであろう瞬間。

提督の言葉に、ふん、と鼻を鳴らしたのは秘書艦の叢雲だ。

不機嫌そうに顔をしかめている。

だけどどこか満足そうに見えるのはオレの気のせいだろうか?
「ああ、あと、お説教はない。いいね?」

そう言ってオレの方を見て、ニヤっと笑う。
からかわれている・・・のか?

「あ、あの。提督。質問よろしいでしょうか」

「いいとも。君は?」

「軽巡・夕張です」

耐え切れない、といった感じで夕張が喋りだした。
「沈むな、とは?」
「文字通り、さ。君たちは敵の攻撃をある程度、身につけた艤装で守れると聞いている」

それはもちろん、そうだ。

艤装を纏えないオレたちなんて、それじゃ人間と変わらない。

艤装があるからこそ、奴ら・・・深海棲艦と闘うことができるのだから。

ん?
『聞いている』って、軍人ならみんな、知ってて当然じゃあないか?
オレたち艦娘の情報は、一般には存在すら秘匿されているけれど、軍人はそうじゃない・・・と、昔龍田が言っていたような。

「でも、限度があるのだろう?」
「はい、航行不能になった状態で敵の攻撃を受けると、私たちは沈みます」

今度は、神通が答える。
神通にしては強い返事。

「だから、沈まないようにして欲しい。俺が今言えるのはそれだけさ」

どういうことだ?
「それは、敵を倒すまで沈むなって、そういうことか?」

今度の質問はオレから。
もう敬語なんて頭からすっ飛んじまっているけど、知るか。

オレの質問に提督は首を振って、こう答える。
「それは、敵を倒すまで沈むなって、そういうことか?」

今度の質問はオレから。
もう敬語なんて頭からすっ飛んじまっているけど、知るか。

オレの質問に提督は首を振って、こう答える。
「何でそうなるかな・・・。俺は、君たちに沈んで欲しくない、生きていて欲しい・・・もちろん、戦争で勝つことは重要だけどね」

「だからといって、勝つために君たちが沈んでもいいと思っている訳じゃない・・・こう言えば伝わるかな?」

呆気にとられる。
オレだけじゃない、執務室にいる艦娘たち全員がだ。
意味がわからない。
でも、そう思ったのはオレたち艦娘側だけではないようだ。

提督もまた、オレたちの反応を見て、驚いた顔をしていた。

「なんで意外そうな顔をするのかな。沈めって言われると思った?」
「ああ、そのほうが予想通りだったぜ」

「て、天龍ちゃん!」
「今までの奴らは、1人2人の艦娘が沈んでも、勝利できるなら安いものだと思ってたみたいだからな」
まずいかな、と思ったけれどオレの口は止まらない。

「撤退を進言しても受け入れられなかった時もあったし。現に・・・」
「天龍さん」

神通の突き刺さるような声に、我に返る。

「・・・わりぃ」

何やってるんだ、オレ。
「要するに、今までの提督にはそう言われてきたんだ。沈んででも敵を倒せってね」

これには、まわりの全員が頷く。

「なるほど、分かった」

頷いて、提督がさらに話を続ける。

「じゃあその考えは捨ててもらっていい。仲間の安全を第一に考えること。危なくなったら撤退すること。決して沈むな。これは、今この場にいない艦娘たちにも伝えて欲しい。以上だ」

叢雲が一歩前に来て、ポカンとしているオレたちに言い切った。
「このあと任務が控えている人たちは、任務票を受け取って確認して。今日から任務の完了報告は秘書艦じゃなくって、提督にというのを忘れないこと。じゃあ、解散ね。」

もう何も答えられないまま、勢いに乗せられてオレたちは退出しようとする。

今日は何もかも、予想外のことばっかりだ。
「ああ、それから」

でも、一番の予想外はこの時、オレたちの間に爆弾のように落とされたのだ。

もちろん、落とし主は我らが新しい、お若い提督さまだ。
「俺、この前まで軍人じゃなかったから、軍事については素人なんだ。君たちの戦いに方口は出さない。進軍や撤退の指示は出すけれど、現場の判断は現場で、ね?」

何なんだよ、もう。

意味不明なことが起こりすぎて。

部屋を出る頃には、オレはさっき感じた痛みのことなんて、すっかり忘れてしまっていたのだった。
「うさんくせー」
「もう、天龍ちゃん。そんな事言っちゃ駄目よ~?」

午後の出撃に備えて、オレたちは食堂【間宮】で食事をとっていた。

「だってよぉ。『沈むな、それだけだー』だぜ?」
「確かに、初めて見るタイプだよねー!」

すっかり元気になった川内が、昼飯をかっ込みながらそう答える。
「私は、今までの提督に比べてみると随分いい人に見えるけど?」

と夕張。
コイツは午後から工房にこもる気の様で、上機嫌だ。

意外と提督の挨拶が好印象だったらしい。

夕張の発言を受けて、今度は珍しく神通が語る。
「確かに・・・そうかもしれません。今までの提督は、その・・・」

まあ、流石に悪口は言いづらいのか、途中で黙ってしまったけれども。

「まあ、確かに今までのオッサンより大分若くて、見てくれも良かったけれどよ」

あれと比べりゃ、大抵の男はブサイクに見えてしまう。

引き合いに出すのは可哀想、ってんもんだ。

オレがそういうと、神通がキョトン、とした顔でこう言った。
「い、いえ、外見ではなく・・・その。『艦隊の指図はしない』とおっしゃった所が気になったのですが・・・」

うげ、そっちの方か。

「あらら~、天龍ちゃ~ん?」

こうなると、龍田がめんどくさいんだよなあ・・・。
「なんで外見のことだと思ったのかしら~?もしかして~」

「な、何だよ。何でもないって」

「でも、しばらく目が合っていたでしょう?」

オレのこと良く見てるな、コイツは。

「思わず声が出ちまったからな、でも何でもねーって」
慌てて否定するオレ。ないない。確かにその、ちょっと・・・

「結構格好良い方だよねえ。いっぱい夜戦させてくれるなら私はアリかも!」

そうそう、格好いい方だとは、思う。

・・・って、オレこの夜戦馬鹿と同レベルなのか?

考えていることが同レベルなのか?
・・・最悪だ。
川内にとって提督は、夜戦させてもらえるかどうかが重要みたいだ。
見かねて夕張が口を挟む。

「あのねえ。進撃や撤退の判断はするって話でしょ。なら、夜戦やるかどうかも提督が判断するってことよ」

「あの・・・その中で、戦闘に入ったら余計な口出しはしない、ということだと思います」

「ああ、多分そういうことだろうな」

呆れ口調で話す夕張と、真面目に分析する神通にオレがそう答える。
「なーんだ、そういう事か。指図しない、しか聞いてなかったからいっぱい夜戦できると思ってたのに。提督、つまんないや」

・・・こいつ、眠い中で聞いていたから、自分の都合の良いところしか聞いてなかったな?

「それでも、やっぱり今までの人たちとは違うわよねえ。外見以外でも?」

うふふ、と笑いながらこちらを見てくる龍田。

ちくしょう、まだからかう気かよ。
あえて挑発には乗らないようにして、オレは答える。
「『沈まないように』ってのと、『判断は現場に』ってな」
「今までの提督は、何事にも俺様、俺様だったからねえ」

夕張がため息を漏らす。そういえば、こいつも秘書艦をやっていたことがあったな。

オレ以上に苦労もしたんだろう。

オレたち艦娘の間で今までの提督・・・前任者たちの評価は、とかく良くない。

「玉砕してでも敵を沈めろだの、トンチンカンな指示だの。酷かったからなあ」

「軍艦と艦娘を同じに考えているんですもの。困ったわ~」
そうそう。陣形を組む時だって、お互いの感覚を数十メートル空けよ、とかな。

軍艦ならともかく、艦娘がそんなことやったらたちまち深海棲艦どもに各個撃破されて海の藻屑だっての。

「あなたたちはまで良いわ。私の秘書艦時代なんてもっと酷かったんだから」

「へえ、どんな」
「開発の許可貰いに行くでしょ、そうすると『資材がないから出来るわけがない』って不許可。
無茶な出撃を繰り返して資材を使ったのは自分のくせにね。で、その後の戦いで装備が足りなくて負けて、私に言ったのよ」

「『どうして装備を用意しておかなかった』ってね。あ~ん、もう!思い出すだけでもも怒れてきちゃう!!」

頭をガシガシ掻いて夕張がまくし立てる。
・・・こりゃあ相当、腹が立ったんだろうな。
「そうなると、今回の提督は信頼して良さそうなのかな」
「どうかねえ、今までよりもマシ、なんじゃねーか」

うさんくせえ、という評価は保留かな。

「そうねー、でも、口だけなら何とも言えるわあ」

さっきオレを注意した龍田の方が辛辣な評価か。

「うるさく言われないってのはいいかもしれないけれど。無責任なのは困るし」

と、夕張。

「み、みなさん・・・。上官は、その、信頼するものです・・・」

オレたちにと言うより、自分に言い聞かせる形の神通。

そんな事、オレたち中で一番思ってないくせにな。
そんなこんあんで、オレたちが新しい提督談義に花を咲かせていると。

「あー、天龍。こんなところにいたのね!」
『天龍』と言うより『てんりゅー』と聞こえる、舌っ足らずな声。

オレたちを見つけたチビどもが、とことこと駆け寄ってくる。
「もう、天龍、探したんだからね!」

「そろそろ出撃の時間よ、雷に任せておいて!」

「はわわ、龍田さんもおはようなのです」

「ハラショー」

「うふふ、みんな、おはよ~ございます」
「いっけねえ、もうこんな時間か。準備して行かなきゃな」

川内たちに別れを告げて、オレと龍田はチビどもと【間宮】を出る。
暁、響、雷、電。

遠征任務や近海の出撃は、このチビどもと一緒なのが多い。

おかげですっかり懐かれちまった。

・・・にしても、オレは『天龍』で龍田は『龍田さん』なのは、どういう事なんだろうな?

「うふふ、それだけ好かれているってことよ~?」
「天龍、早くしないと置いていっちゃうんだから!」

「今行くよ、チビども」

「あ、暁はもう子供じゃないって言ってるでしょ!」

・・・まあ、悪い気はしないけどよ。
・・・にしても龍田、お前はオレの考えが読めるのか?

さて。

新しい提督の評価も気になるけれど。

まずはいつも通り、いつもの任務をこなして行きますかね。

「天龍水雷戦隊、抜錨だ!」
それから数日は、いつも通りだった。

暁たちチビどもと出撃して、川内たちと南西諸島の防衛ラインに出張って、時には夜戦を敢行して。

・・・それでも、敵が多すぎて倒しきれずに撤退して。

そこそこの勝利と、動かない戦線。
膠着状態。
勝てそうで、勝ちきれない。

もっともっと動けそうで、実際にはそんなに動けない、このモヤモヤ感。
オレの火力は、こんなもんじゃない。オレの回避能力、装甲、耐久は・・・。

・・・そんな感覚があることも含めて、いつも通りだった。

今日もこれからチビどもと一緒に任務をこなして、鎮守府へと返る。
鎮守府近海の敵を掃討する、いつも通りの任務だ。
「まだおかしな指示は出されないな」
「そうねえ、本当に出撃、進撃、撤退くらいしか」

奴が着任してから、オレたちに出した指示は本当にそれだけ。

・・・まあ、難しい局面もなかったしな。
誰かが大破するような危機もなかったし、誰が出してもそうなると言うような指示だけ。

「天龍、どうしたのですか?」

そう言って隣に駆け寄ってきたのは、チビどもの末っ子、電だ。
「ああ、新しい提督の話しさ」
「それ、私も気になるわ!どんな司令官なの?」

電の後に元気よく駆けてきたのは雷。
電と外見は似ているけど、性格は正反対だ。

「ちょっと、暁を仲間はずれにしちゃ駄目なんだから!」
「ハラショー」
「ああもう、1辺に集まるな、うっとうしい!」

「あらあら、天龍ちゃん、人気者ね~?」

笑って見てないで助けろ、龍田。
提督の着任日、あの部屋に呼ばれたのは鎮守府の主力級たちだけだ。

駆逐のチビどもは呼ばれていない。

だからいっそう、新しい提督のことが気になるのかもしれない。

「はわわ、また怖い人だったら、嫌なのです・・・」
「うーん、そうね。でも問題ないわ、雷が電を助けてあげるから!」
「こ、怖くなんかないし、へっちゃらだし」
「私も気になるかな」

あの無口な響でさえこれだ、相当気になるんだろうな。
「電は、やっぱりこわいか」
「はわわ、ごめんなさい、なのです・・・」
「大丈夫よお、いざとなったら天龍ちゃんが守ってくれますからね~?」

そう言って龍田が電の頭を撫でる。

「へへ、任せとけって」
オレの方はというと、さっきからスカートの裾を掴んでくる誰かさんの頭を撫でてやる。

「ちょ、ちょっと。子供扱いしないでよね。暁は立派なれでぃなんだから!」
「暁、レディは自分でそんな事言わない」

・・・響の方がよっぽどレディだぜ。
「それで、どうなの。新しい司令官は、やっぱり怖い?」

あの元気な雷でさえ、ちょっと怯えてる。
そりゃそうだろうな、とオレは思った。

何せ、今までの提督たちはこんなチビどもにまで怒鳴り散らしていたんだから。

中破、大破して作戦途中で帰投したときなんか、電が泣き出して困ったもんだ。
「あの時は天龍ちゃんを止めるのに必死だったわあ~」

うん、止められていなかったら確実に上官をぶん殴っていただろうし。

チビどもが大破しているのに進撃しようとする奴もいたくらいだ。

・・・それからは、オレがバレないように艦隊の損害を誇張して、前もって撤退してたっけ。

提督不在の間、艦娘たちで秘書艦を回していた時はいらない気遣いだったけれど。

さてさて、これからはどうかねえ。

チビどもの質問に答える。

「どうだろうな、新任の挨拶では『お前たちは沈むな』って言ってたけどよ」
「じゃあ、良い人って言うこと?」
「だから、言ったろ。どうだろうなって。まだわからないって」

雷の問いに答えられるほど、アイツを良く知っている訳じゃない。

今のところ会話らしい会話をしたのは最初の日だけで、後は任務の報告をしたくらいだ。

向こうも忙しいのか、聞き役に徹するだけで何も話しかけては来なかった。
でも、沈んで欲しくない、か。

あの時の台詞と笑顔を、オレは結構いいと思った。

・・・ズキン。
あれ、まただ。

そういえば、この胸の痛みはなんだろう。
提督が着任したあの日も感じたな、そう言えば。
「あー、天龍が赤くなってるぅ!」
「あら~?天龍ちゃん?」
「え、な、ち、違うぞ!これは!」
慌てて否定するオレ。

「キャー、ハレンチだわ」
「天龍、知ってる。それは一目惚れというやつだよ」

ええ、そうなのか?
オレが人間の、男を?

・・・馬鹿な。
オレがありえない可能性について真剣に悩んでいると。

「ウププ・・・」
「はわ、笑っちゃダメなのです!」
「うふふ~、天龍ちゃんたら、可愛いいわあ」

みんなが戸惑うオレをみて笑っていた。

「あ、お前ら!オレを担ぎやがったな!?」
「引っかかる方が悪いんだから」
「天龍は、おもしろいな」

やっぱり気のせいじゃねーか。
逃げるチビどもを追いかけながら、オレは胸の痛みの理由をそう結論付けたのさ。
奇しくも、提督の評価を下す日はこの日に訪れた。

「よっしゃ、戦闘終了だな」

最後に残った駆逐イ級が沈んでいくのを確認して、オレは叫ぶ。

目的地までの道中で起こった戦闘はこれで3回。

進撃すれば今回の目標、鎮守府外延をうろついている敵水雷戦隊をぶったたけるだろう。
「チビどもは大丈夫か?」

そういえば、暁や雷が被弾していたな。
損害を確認するために、オレは一度艦隊に招集をかける。

「天龍ちゃん、今行くわ~」
「あ、暁はへっちゃらよ!」
「私もまだいけるわ!」
暁、雷は、うーん。中破ってところだな。

「電は大丈夫なのです」
「ハラショー、問題ない」

電、響は大した損傷はない、か。
こいつらは避けるのが上手いからな。
難しいところだ。

今後のことを考えると、倒しても倒しても湧いてくる奴らを少しでも叩いておきたい。
中破ならまだ戦えるし、そう簡単に沈みやしない。でも。

もしこの先の水雷戦隊を倒したところで大破したら、帰りが危ない。
来た道を引き返すとは言え、新たな敵が出てくるかも知れないしな。

「天龍ちゃん、どうするの~?」

オレの考えが決まったのを見てとったのか、すかさず龍田が聞いてくる。
「よし、て・・・」
撤退、と言いかけたところで思い出す。

「ああ、そうだった。提督に報告しなきゃな」

提督不在の間は進軍も撤退も旗艦判断だったから忘れてたけど。
これからは報告して、判断を仰がなきゃいけないんだった。

「そういえば、そうだったわね~。私、報告しておくわ~」
「頼む」
龍田が電探を操り、鎮守府にいる提督へと艦隊状況の報告を始める。
これにより、提督からの指示—-今回は進撃か撤退か—-が届く。

さて、どう出るか。

奴の初日の言葉を信じるなら、撤退の指示が来るだろう。
少しでも、艦娘の轟沈を防ぎたいなら。

でも、あれがお為ごかしの出任せだったら?
中破が出ているとは言え、まだ艦隊は戦える状態だ。

あわよくば進撃して、敵を叩いておきたいと思うのも当然。

ただオレは、チビどもの安全を最優先した結果、撤退という選択肢を選んだ。

さて、じゃあ提督の方はどうだ?

指示が届くまで、ほんの1分ほどだったと思う。

けれども、オレにはその時間が何時間もたったか、と思うほど長く感じた。
ガガ、ガガガ。
龍田が持つ電探にメッセージが届く。

「龍田、指示は?」
「撤退、よ。天龍ちゃん」

どこかで、ホっとしている自分がいた。
進撃を諦め、鎮守府へと帰投する道中で、オレたちは話し合った。

「やっぱり良い人なんじゃない、新しい司令官は」
「そうだね、信頼できる、のかな?」

撤退、の指示を聞いて雷たち駆逐艦の奴らが言う。

さあ、どうだかな。
撤退の指示を出しておいて、実際オレたちが撤退したら怒り出すやつもいたなあと、オレは思い出していた。

責任逃れというやつだろうか。

失敗したときのことを考えて、「自分は撤退の指示をだしたが、艦娘たちが勝手に進撃した」
ということにしたかったらしい。もちろん、勝利したら自分の手柄だ。

アイツは、そういうことをしそうにないけどな。
・・・何を考えているんだ、オレは。
提督を信用できるかどうか、まだ決まったわけじゃないじゃないか。

「どうしたの~、天龍ちゃん?」
「いや、提督が本当に信用できるのか。迷っててさ」

「そうね~。この撤退はいい判断だと思うけど」
「オレだってそうさ。だけどこれだけじゃ」

「材料が足りないわ~。でも、それはこれから時間をかけて・・・」
そう、時間をかけて見極めればいい。それは分かっているけれど。
あいにくオレは龍田ほど気が長くはないんだ。

「いっちょ、試してみるか」
「は?」

真顔できょとん、とする龍田の顔なんて、久々に見た。

「天龍ちゃんが何か、良くないことを考えているわ~」
「ちょっと、試してみるだけさ」

へへ、とイタズラっぽい笑みを浮かべて、オレはそう呟いた。
「失礼するぜ」

オレはノックもなく、バン、と大きな音を響かせて両開きの扉を開ける。
最初だからな、舐められちゃいけない。

相手の反応なんか見やしない。たとえ上官だろうがお構いなしに、のっしのっしと執務室の中央へ歩いていく。
「失礼するぜ」

オレはノックもなく、バン、と大きな音を響かせて両開きの扉を開ける。
最初だからな、舐められちゃいけない。

相手の反応なんか見やしない。たとえ上官だろうがお構いなしに、のっしのっしと執務室の中央へ歩いていく。
「失礼しまあす」

後ろから、龍田のいつも通りのんびりした声。

・・・あのな、せっかくオレが勢い付けて乗り込んでるんだから、もう少しこう・・・なんかあるんじゃないのか。
これじゃあ提督もビビるまい。

「天龍、水雷戦隊。おめーの命令通り、帰投してやったぜ」

提督をあえて『おめー』呼ばわりして、なるべく不機嫌な表情を作って睨んでやる。

オレは提督の命令を仕方なく聞いて、不本意にも帰投したんだと思わせられるように。
言葉と態度は荒々しく。

でもオレの眼だけは—-眼帯で覆われていない隻眼だけは、努めて冷静に目の前の提督の本質を見極めようとしていた。

自分を少しでも大きく見せようと両腕を組む。

・・・こういう時、胸がデカいと邪魔なだけだな・・・・。
話は、数十分前にさかのぼる。

「提督を騙す、ですって?」
「ああ」

オレは出撃から一緒に帰った龍田、それから工廠に詰めていた夕張と話していた。

「俺って、見かけだけはガンガン突っ走るタイプに見えるだろ?」
「見かけだけは、ってのはいらないわね」
「いらないわ~」

・・・。
「ゴホン。要するに、だ。俺は撤退命令が出た時、まだまだ戦えると思った。でも提督の命令だから不本意にも帰投した」

・・・と、いうことにする。そして。

「提督がどういう反応をするか、見てみましょうってことね。天龍ちゃん」

流石龍田。オレの言いたいことを良く分かっている。
「奴が本当に艦娘の命を第一に考えているのか。それとも自己保身の口だけ男なのか。ちょっとビビらせて様子を見てみようぜ!」

オレの脅しにビビって、「次からは進撃するようにします、何て言うんじゃ話にならないしな」

それもそうね、と夕張が頷く。
「それに、あんなのでも困るわよね。以前天龍が殴りかけた・・・」
「あの時は困ったわあ~」

いや、それさっきも聞いたし。反省しているよ、マジで。

どれくらい反省しているかって?

うーん。暁がもう二度とオネショしないんだから!って反省するくらいには、かな?
でも腹立つだろ、「私は進撃しろとは言っていないが、君たち自身がやる気で行かせてくれというのであれば進撃を禁止するわけではうんぬん・・・」

とか言っておいて、いざ撤退したらやる気がない、とかいって駆逐のチビをイビるんだぜ?

・・・。
あー、ムカついてきたぜ。やっぱあの時ぶん殴っていれば良かった。
「でも、一度やってみるだけの価値はあンだろ?」

「そ~ね~、後は天龍ちゃんの演技次第じゃないかしら~?」

「正直、それが一番不安ね。あなたの脚と同じで、大根じゃないことを祈ってるわ」

・・・誰も期待してないってのも、案外腹立つな。

あと、俺の脚は大根なんかじゃねー。
・・・確かに夕張は脚が細くて綺麗だけどさ。

このままじゃなんか負けたみたいで悔しいな・・・ちょっと仕返ししてやるか。
「ま、実りのあるモノにしてみせるぜ。少なくとも夕張、お前の胸部装甲よりも、な?」
「へ!?な、なあああああ?」

胸に手を当てて、ワナワナと顔を赤くする夕張。

あらら、もしかして気にしてたか?
「て、てんりゅううううう!あんたねえ!」
「へへ、わりぃ。そんじゃ朗報を期待しててくれ。じゃあな」

「もう知らない。あんたなんか沈んじゃえバカ~~~~~!」

オレは夕張との会話を思い出して思わず笑ってしまいそうになり、唇を噛んでこらえる。

あぶねえあぶねえ、これじゃ大根って言われても仕方ないな。
「あらあら、天龍ちゃん。提督に対してそんな言葉使い、駄目じゃないの~」

後ろから龍田の声。私は注意しましたよ、ということだろうか。抜け目のないやつ。

そしてちっともすまなそうじゃないのは、多分気のせいじゃない。

「いや、いいんだ龍田。俺も敬語じゃなくて良い、と言ったしね」

初日の挨拶でのことだろう。

提督が龍田を制したあと、オレへと向き直る。
「何か不機嫌なようだな、天龍?」
「・・・あたりめーだろ」

低く、ドスの聞いた声を意識意識。

フフ、怖いか?
明らかに敵意を含んだオレの返事に、提督は少し考え事をしているように見えた。

何故オレが起こっているのか分からない、そんな表情。

それから、ああ、と思いついたように一言。

「もしかして、俺が君の水雷戦隊に出した撤退命令が原因かな?」

「たりめーだろ!!!」
オレは入室の時と同じように両手を執務机に叩きつけて、バン、と大きな音を部屋中に響かせた。

不思議そうにオレを見やる提督。

さて、鬼が出るか蛇が出るか・・・。
いっちょ、行ってみますかねえ。
「何であそこで撤退命令を出した?」

冷静に、あくまで冷静に提督が答える。
このオレに凄まれてここまで冷静でいられるなんて、大したモンだぜ。

「お前たちだけなら、問題なかったんだけれどな」

そう言って手元の報告書に視線をやる提督。

先ほど龍田が叢雲に提出しておいた、今回の出撃のレポートだろう。
「暁と雷、この二人の損害を見て、俺は撤退を判断した」

あれ、とオレは小首をかしげる。
今まで余裕たっぷりに見えていた提督だけど、命令の根拠を話すときだけは少し、たどたどしく見えたのだ。

ああ、そう言えば元は軍人じゃないって話だっけ。

そこも疑問の一つだけど、今はこいつがどういう人間か、だ。
「ええと、暁と雷は中破・・・電も小破直前じゃないか。ドッグから報告が入っている」

オレと龍田、響はほぼ無傷。艤装だって塵一つ無い。

今までオレらの身体の損害まで気にかける提督はいなかった。

これは期待しても良いのかもしれない。

・・・いや待て。

まだ分からんぞとオレは自分に言い聞かせる。
「だから何だってんだ!?」

高く声を張り上げる。
戦闘狂って奴を演じ続けてやる。

身近にお手本がいるからな、この演技には対して困らない。

「オレらはまだ戦えた。あのまま進軍していたら、おそらく任務も達成できたはずなんだ!そうだろ龍田」

後ろで我関せずを気取っている龍田もついでに巻き込む。

「そうね~、あの戦力なら充分、倒せたかもね~」
だからこそ、オレは提督が撤退の指示を選んだ理由を知りたかった。

進撃していたら、たとえ勝利しても大破艦が出て、帰路はうんと警戒しながらの引き上げになったかもしれない。

それを考えたというのなら、オレの期待通りだ。

艦娘の生存優先。

『沈むな』という最初の言葉に嘘がないことの証明になる。
オレは目の前の提督が整然とそう説明してくれることを期待した。

それならば、今までの提督よりも多分、信頼できる。

頼むから、自己保身とか、実は考えてませんでしたとかはやめてくれよ・・・。

でも提督は、あらゆる意味でオレの期待を裏切った。

静かに、悠然と説明を始めるものと思い込んでいましたオレは、度肝を抜かれる。
バン。

今度は提督が、持っていた報告書を執務机に叩きつけて。

「お前は、駆逐の子達が犠牲になっても構わないというのか!?」

今までの静かな、落ち着きのある口調をかなぐり捨てて叫んだのだ。
「へ?」
「あら~?」

龍田にとっても予想外の反応だったらしくて、オレたちは二人揃って間の抜けた声をあげる。
「あの状態のまま・・・『中破』のまま追撃を開始していたら、沈む可能性だってある」

へ・・・?
うん、中破で?うん・・・?

混乱して思考が追いつかないオレの反応を待たず、提督が続ける。

怒りに任せて、といった感じだ。

「俺は、君たち艦娘を犠牲に・・・轟沈させてまで勝利を得たいとは思わない」

「俺と、お前たち艦娘は同じ鎮守府に暮らす仲間であり、家族だ。少なくとも俺はそう思っている。まだ着任して日は浅いから、お前たちに信用してもらえないのは仕方ない」

「だが、お前は違うのか。天龍」

ああ、こいつってこんなに熱いやつだったんだ。

今まで理解できずにフワフワしていた提督のイメージってやつが、オレの中でピッタリとはまったような、そんな気がした。
提督が熱くなればなるほど、オレは冷静になっていく。

予想した答えでは無かったけれど。

これが、オレが一番欲しかった答えなんだなとは、すぐに思った。

あっちゃあ、でもこれ気まずいな。

なんでいきなり怒鳴ったかと思えば・・・
「そういうことか」
「何だ。意見があるなら言ってみろ。お前は勝てさえすれば轟沈者が出ても構わないと思っているようだが」

「提督は多分、勘違いしているんじゃないかと思うんだよな」

さっきまで偉そうにしていたけど、本当は上官に逆らうのは怖かった。

今更遅いけど、オレは探るように提督の顔をのぞきながら話し出す。

身長差のせいで、自然と上目つかいになっていくのを感じる。
「提督、進撃や追撃をした時に轟沈の危険性があるのは『中破』じゃなくて『大破』状態からなんだよ・・・多分、勘違いしてるだろ?」
「へ?」

今度はオレたちに代わって提督が間抜けな声を上げる番だ。

それを見てオレはああ、やっぱりなと微笑みを浮かべていた。

「どうなんだ、叢雲」
「はぁ、そうね」
提督の執務机の隣に、机がもう一つ。そこから退屈そうなため息が漏れる。

そこに座った秘書艦は、この騒動を最初から我関せず、といった顔で見ていたのだ。

「天龍の意見が正しいわ。昔は『中破轟沈説』が取られたこともあるみたいだけれどね」
「俺が読んで勉強した資料は、相当昔に作られたものだった、ということか・・・」

天を仰いで、目の前の新認提督はため息を漏らした。
続いてオレに視線を戻す。心からすまなそうな表情をして。

「すまなかった、天龍。俺の指示が間違っていた!」
「いや、良いって。あの撤退の指示自体は間違っていなかったと思うし」

へへへ、と笑ってオレはもう一度、確認のために尋ねる。
「提督は駆逐のチビたちが沈むと思ったから、撤退命令を出したんだよな」

「ああ、だから天龍が勝利のためなら轟沈も厭わない酷い奴だと・・・本当にすまない」

「いや、もう良いって」

怒鳴られたときは正直怖かったけれど、今は何でもない。

むしろ提督がいいやつで良かったという安心がオレの中にあった。
しかし、最初の頃は冷静で余裕たっぷりにみえた提督も、こんな失敗をやらかす当たり。
やっぱり新米で、それなりに苦労しているんだなと思った。

ちょっと頼りないところもあるかもしれないけれど。
意外と親しみやすくて、いいやつじゃねーか。

だから、自然とこんな言葉が出た。

「良かったよ、お前みたいな良いやつが来てくれて」

言ってしまったあと、ちょっと照れくさくなる。
すっかりこの新しい提督を信頼して気をよくしたオレは、今度から正しい指示を頼むぜと一言。

執務室を出た。

龍田が少し遅れて出てきたけど、何かあったか?

「何でもないわ~、これからもよろしくお願いします、ってね」
「何だよ、それ」

なんだなんだ、人間にも中々いいやつがいるじゃないか。

これからは何とか、上手くやっていけそうだな。
演技をしたためなのか、オレの心臓はまだバクバク言っているけれど。

なんだかあったかい気持ちがして。
とても、満ち足りた気分だった。

ちなみに、その日の午後の出撃。

オレはいつもよりちょびっとだけ体が軽くくて、いつもよりちょびっと戦果が良かった。

ますます気をよくしたオレは、執務室での出来事を夕張や川内たちどころか駆逐のチビすけたちにまで話してしまい。

結果として、『新任提督の失敗談』はその日のうちに鎮守府中に知れ渡ることになった。
あの日から出撃任務をこなし続けて数日。

オレはもはや定例となった報告のため、執務室へと向かった。

「おっす、提督。任務の報告に来たぜ」
「ノックもなしにとは舐められたもんだ」
お互い大分慣れてきたからか、会話も大分フランクになってきた。

「それとも今までずっとこうだったのか、天龍は」

「前の提督の時はノックしてたぜ」
「前の提督の時はノックしてたわね」

オレと秘書艦の叢雲とでバッサリと切り捨てる。
「まあいーじゃねーか。その分親しみやすいってことで。知ってるか提督。お前駆逐のチビすけたちからも人気あるんだぜ?」
「それはお前が俺の失敗を広め回ったからだろ!どうするんだ、これ」

こうなれば、上官としての威厳もへったくれもあるまい。

「まあ、いいじゃねーか。怖がられるよりも」

実際、電が提督と喋ているのを見たときは驚いた。

今までの提督だったら絶対にありえない光景だしな。
「そのおかげで俺は暁に舐められるわ、雷に世話を焼かれるわ。大変だったんだぞ?」

どうやら本当に慕われているらしい。

うんうん、オレの狙い通りだぜ。

・・・ということにしておこう。
「昨日の出撃はお疲れだったな」
「ああ、すまなかったな。特に戦果は無しだ」

「南西諸島の敵の印象は、どうだ」

龍田はまだ少し疑っているようだが、オレの方は提督をすっかり信頼していた。
だから最近は、戦線についても込入った話をするようになった。

「勝てなかったオレが言うのも可笑しいんだけどさ」
前置きして、オレは続ける。

「そこまで強敵とは思えない。むしろ、南西諸島海域を確保してからが本番だと思う」
「私も同感だわ。既に北方海域まで展開している他の鎮守府の状況を聞くに、ね」

叢雲が天龍の意見に賛成する。

「他の鎮守府にツテがあるのか?」

「吹雪型の—-同型艦がいる鎮守府にね、少し。ちなみに、戦力はウチと同じくらいよ」

「なら、俺たちが南西諸島を抜けない訳が無い、ってことになるな」
机に肘をついて考え込む提督に、たまらずオレが一言。

「でもよ、無茶な進軍は駄目だぜ。まあ、おめーなら良く分かってると思うけどよ」

オレたちはまだ余裕だが、暁たちチビはいっぱいいっぱいだ。
これ以上、となると相当無理させることになる。

「分かっているさ、危険だと感じたら撤退してくれ」
「おう」

ほらな、こいつはオレたちのこと、よく分かっているんだ。

そのことが何故か、無性に嬉しい。
「おっと、そろそろ時間か」

任務票を受け取ってオレは退出する。

「じゃあな」
「午後も頼むよ」

「天龍さまに任せとけって!」

最近、調子のいい日も多いんだ。
午後からの任務は、上手くいきそうな気がする。
「そういえば、提督はよ」

それから、任務のあとの報告の時に提督と話す時間が増えた。
オレは大抵旗艦を任せられるからな、ついでに世間話もって感じだ。

前から気になっていたことを聞いてみる。

「提督になる前は何やってたんだ。元は軍人じゃないんだろ?」
丁度今日の秘書艦がいなかったので、机を借りて座ることにする。

椅子を前後ろ反対にして、背もたれに頬を預ける体勢が楽でいい。

・・・龍田に見られるとはしたないなんて怒られちまうけれど、今は問題ない。
「どうした、急に」
「だって気になるだろ、ただの素人がいきなり提督だぜ?」

オレにだってそれが普通はありえないことだって分かる。

「ここに来る前は、うーん、そうだな。役者みたいなこと・・・をやっていたかな?」

「役者ってあの役者か!?舞台立ったり、テレビに出たりする!?」
最近は人間嫌いも薄れてきて、オレだけじゃなく鎮守府の中で人間の娯楽ってやつが流行っている。

ドラマやアニメ、漫画なんかはその最たるものだ。

駆逐のチビたちと、みんなのために戦うヒーローものを見るのが週末のオレの楽しみだったりするので、テンションが上がってしまった。

・・・夕張はアニメがお気に入りみたいで、みんなに隠れて深夜に見ているのをオレだけは知っている。

バラさないのは武士の情けさ。
「はは、そんなに良いものじゃなかったよ。全然売れなかったから」

「でもすげーよ。まさか提督がそんなすごいやつだったとは」

オレが尊敬の眼差しを送っていると、提督が話を続ける。
「で、売れなかったんだけれど才能を軍のお偉いさんに見込まれたわけ。最初の挨拶、堂々としてて良かっただろう?」

確かに、あの時は提督の作り出した空気にみんな飲まれちまった。

「まあ、今までと違うやつが来た、とは思ったな」
「艦娘と人間側の仲が上手くいっていないのはすぐに分かったからな。そう思わせたかったのさ。今度のは違うぞ、ってね」

はあ、なるほど。ちゃんと考えてるんだな。
「その結果空回りして、雷たちに笑われてちゃ焼かれてちゃ世話ねーけけどな」
「誰のせいだと思っている、この野郎」

「わー、スマンスマン」
提督がオレの頭をポカリ、と殴る。
こういう軽い会話、オレは好きだ。

龍田とも川内とも、夕張とも冗談を言い合ったりするけれど。
提督とする会話は、また違った味があるように思える。

「で、何でまた俺の過去を?」
「ま、そりゃ気になるからな」
ほう、と呟いて提督が椅子に座ったまま身体をオレの方に向ける。

秘書艦の机と提督の執務机はすぐ隣だから、こうしてしまうと互いの距離がすごく縮まってしまう。

「へ?」

先ほどオレの頭をポカリとやった手が、今度はグーではなくパーで。
そっと、俺の髪に寄せられていた。
オレの隻眼を見つめて、提督が囁く。

「それって、俺のことをよく知りたいってこと?」
確かにオレは提督のことを知ろうとしていた。演技もした。

駆逐のチビたちに危害が及ばないか知るために。

でも、今提督が言った『知りたい』は。そういう意味じゃないんじゃないか?
もっと深い、特別な意味での『知りたい』という思い・・・。
チビたちと見るヒーローものが楽しいなんて言ってるけれど。

一番気になっているのは、男と女が恋をする、恋愛ドラマなんだ。
照れくさくて、みんなの前じゃ興味がないフリをしちまうけどな。

そんなオレが・・・恋?
・・・まさか。
頬が熱くなるのを感じる。
赤くなっていく顔を提督に見られたくなくて、寄せられた手の反対側を向いて逃げようとすると、もう片方の手もオレの頬に寄せられる。

提督の両手が、オレの顔を捕まえる。

熱くなったオレの頬をに触れる、ひんやりと冷たい感じ。
ズキン。

ああ、まただ。
提督のそばにいるとたまに出る、あの胸の痛み。

ズキン、ズキン、ズキン。

いつもは1回起こればそれっきりの痛みが、今日は収まってくれない。

「あ、あの・・・オレ・・・」

何か、オレでも知らない言葉がオレの深いところから出てこようとした瞬間。
「なーんて、な?」
ぱっ、とオレを捕まえていた両手が開かれて、開放される。

「へ?」

さっきと同じ間の抜けた声を出しながら、オレは提督を見る。
「俺の演技も、中々のものだろ?」
「な、な・・・」

動揺のあまり、上手く言葉が出てこないオレに、提督がトドメを刺す。

「いやあ、天龍って意外とウブなんだなあ」
「~~~~~~!」
「お、オメー、俺をからかいやがったな!?」
「お返しだよ、お返し。それとも、本気の方が良かった?」

そんなわけ、ねーだろ。
その言葉が、出てこない。

こんな時、なんて答えれば良いんだ?

恋なんて、したことないから分からないよ・・・。
もしも、ほんの少しだけ・・・二人の時間が続いてしまっていたら。

オレは、どうなってしまったんだろうなんてことを。

オレは後になって、ずっとずっと考えてしまうのだった。

現実には、そんな時間は長くは続かなかったわけだけど。
オレが答えに困っているうちに、執務室の扉が叩かれる。
「失礼しまあす。天龍ちゃんが中々帰ってこないから、呼びに来たの」

龍田が入ってきたことに、オレは焦りと安堵の両方を感じた。

龍田に・・・誰かに今のオレを見られたくないという焦りと。

提督への答えをはぐらかすことが出来た安堵。
「あら~、どうしたの。二人して見つめ合っちゃってませんか~?」
「あの、龍田、これは・・・」

やば、説明出来ない。
だってオレ自身も何がどうなっているのか分からないんだから。

「ちょっと天龍をからかっていてね」

しれっと、悪びれる様子もない提督。
こ、このヤロー・・・。

やっぱり、さっきのは本気じゃなかったんだ・・・。
龍田はというと、いつもの表情で。

「駄目よ~、天龍ちゃんをからかうのは私だけの特権なんだから~」

いや、オレそんなの許した覚えないんだけれど・・・。

「俺にも譲ってくれよ」
「ふふふ、お断りしまあす」
それからはオレと龍田と提督で、いつもの軽いお喋りをして過ごした。

それからは特に何もなく、食事の時間が近づいてきた。

さっき、龍田の邪魔が入らなかったら、一体オレは何を話していたんだろうって思いながら、オレは龍田を連れて退出した。

龍田の訪問が・・・邪魔・・・?
食堂【間宮】へと向かう途中、龍田が言う。

「天龍ちゃん、提督と一体何を話していたの~?」
「何でもねーって」

嘘だ。でも、あまり蒸し返したくはない。

「ちょっとアイツにからかわれただけで。
ったく、許せねーぜ。乙女をからかうなんてよ」

「ふふ、天龍ちゃんが乙女~?」
「あ、何だよ、文句があるってか?」

いつもなら、別に、なんて言って何度もオレをからかう返事がない。

龍田が急に足を止めたので、思わず振り返る。
「どうした」
「天龍ちゃん。やっぱり私、提督のことを信用するのは早い気がするの」

これは、冗談じゃないな。
いつもより口調が滑らかで、早口だ。

今更何を、と思った。
オレの中で提督への信頼は当たり前のレベルに固まっていたからか。
「なんでだよ、今まで提督のこと見てきたろ。まだ足りないのか?」

今や提督はオレだけじゃなく、鎮守府ほとんどの艦娘と触れ合っている。
みんな、今度来た提督は違うと言っている。オレはそれが嬉しかった。

「確かに、あの人は充分信頼できると思う」
「だったら、何で—-」

「信頼できる要素が多すぎるからよ。まるで、演じているみたいに」
「ここに来る前は、うーん、そうだな。役者みたいなこと・・・をやっていたかな?」

確かに、そういうようなことは言っていた。でも。
オレに向けている笑顔が偽物だなんて、どうしてもオレには思えなくて。

「私、天龍ちゃんがあの人と喋っているのを見ると、時々怖くなるの」
「な・・・んで」

「天龍ちゃんが、私を置いて遠くへ行ってしまいそうで」

捨てられる子犬の様な目。
オレが、龍田を置いてどこかへ?
馬鹿な。
何が龍田をそんなに揺さぶっているのか、オレには分からない。

「オレは、提督のことを信頼してる」
「うん」

「でも、龍田のことも信頼してる。お前がアイツに何かを感じるなら、もしかして本当に何かがあるのかもしれない」
「うん」
「だから、それぞれしたいようにしよう。オレはアイツを信用するけれど、お前はアイツを疑って試してみればいい。何もなかったらアイツを信頼する証拠が増えるし」

「ふふ、もしも何かあったら、私の短装砲が火を吹くわあ」

もう龍田はいつもどおりの口調に戻っていて。
いつも通り、物騒なことを口にした。

・・・オレよりもコイツの方がやばくないか?
しかし、意外だな。龍田はまだ提督のことを疑っていたのかよ。

まあ、提督も胡散臭い奴だからなあ。

今日のこともあるし。

と、さっきまで思い出さないようにしていた光景が脳裏に浮かんでしまって。
オレは赤くなった顔を龍田に見られないように足早に食堂へと向かうのだった。
次の日。龍田は提督の秘書艦になる申請を出して、受理された。

・・・どれだけ本気なんだよ、あいつ。相棒が怖い。

それからの日々は、何事もなく過ぎていった。

龍田とギクシャクするのだけが怖かったけれど、それもすんなりいった。
叢雲たちとローテを組んでこなす秘書艦生活に、龍田が愚痴をこぼすようになったくらい。

最初は提督がボロを出さないか探る、という様なことを言っていたけれど。

今じゃ視察だ何だと理由をつけてサボろうとする提督の愚痴ばっかりで笑ってしまう。
一度冗談で、提督のことが好きなんじゃねーの何て言ってやったら。

真っ赤になって否定しやがった。龍田があんな顔するなんて驚きだ。

オレはというと、時折訪れる胸の痛みの原因を考えないようにしながら毎日の任務をこなし、報告の『ついでに』提督と話し込む日々が続いていた。
戦線は異常なし。
鎮守府側も相変わらず提督が神通の演習を間近で見に行ったり(凄い度胸だ)
龍田や叢雲に叱られたりする他は特に目立った変化はないままだった。

オレはこの状況にどこか満足していた。
何もなくてもいいじゃないか、誰も沈むわけじゃなし、と。

少しずつ戦力を強化していって、いつか南西諸島を確保すればいいやと。
でも、それじゃ駄目だったんだ。
鎮守府って場所は、『何もない』って状況が許される場所じゃあ無かった。

変化は突然訪れる。
否応なく、オレたちの意思とは関係なく訪れる。

そして、望まない変化をもたらすのは、いつだって外の奴らだ。
その日はいつも通りの日常が続いていた。
そいつが来るまでは。

任務を終えたオレはいつもどおり報告がてら執務室へと向かった。
秘書艦の龍田と一緒に3人で世間話に興じる。

今日は電が一番頑張りを見せて暁が悔しそうにしてただの。
何かとちょっと休憩などと言う提督に龍田がお灸を据えただの、そんな話し。
「ん?なんだか騒がしいな」

提督の声で、話題がいったん打ち切られる。
どうせ暁たちか、川内かだぜ、ったく。

「いっけね、もうこんな時間か」

オレは時計を確認すると、まもなく遠征に出る時間だったことに気づく。
「そうね、じゃあ提督、そろそろ失礼しまあす」

今日は、龍田も一緒だ。

ドッドッド、ダッダッダッダダ。

「うるせーな、しかもこっちに近づいてきてるぞ」
「騒がしいわね~、後で注意してあげないと」
足音はこの部屋の前で止まって。
ガチャン、と勢いよく扉が開かれた。

・・・全く、ノックくらいしろよな。
仮にも上官の部屋だぜ?
「司令!失礼します!」

入ってきたのは、陽炎型駆逐艦のネームシップ、陽炎だ。
普段は川内や神通と組むことが多いから、オレはあまり絡む機会がない。

「陽炎ちゃん、駄目じゃないの~。上官の前よ~?」
「すみません、龍田さん。陽炎の落ち度は私が」

遅れて不知火が入ってくる。陽炎型駆逐の2番艦で、いつも陽炎と一緒にいる。

二人共ここまで全力で走ってきたのか、ハアハアと息を切らしている。
・・・陽炎はともかく、不知火まで慌てるなんて相当だなこりゃ。
「どうしたんだ、二人共。一体なにがあった?」
たまらず提督が尋ねる。

「司令、それがね、その・・・」
「お客様がお見えです、司令」
「来客、だと。そんな話は聞いてないが」

陽炎型姉妹の報告に、提督がピクリと眉を寄せる。
「そんで、一体どなた様だよ。来客ってのは?」

「儂だ」

野太くて低い声が、オレの鼓膜を揺さぶる。
入口の所で突ったっていた陽炎姉妹が左右に飛び退いた。
その真ん中を歩いてくるのは、顔に深い皺が刻まれた初老の男。
自分以外のすべてを見下すような暗い眼光に、でっぷりと突き出した大きな腹。

提督と同じ白い軍服の胸元に、大きな勲章をジャラジャラ。
カツカツカツ、とステッキを鳴らして鷹揚に部屋の真ん中へ。

ひと目で、オレは思った。
ああ、コイツは嫌いだなって。
「全く、鎮守府の執務室はいつから小娘どもを侍らせる場所になったのだ」

ジロリとオレたちを睨む男。
うっせえな、いちゃ悪いのかいちゃ。

「ご機嫌よう、元帥閣下」
「ふん」
立ち上がって挨拶した提督に向かって鼻を鳴らすたぁ、どういう了見だ?
元帥だかなんだか知らねえが・・・。

「元帥ぃぃいぃぃ!?」
「ん?」

いっけね。驚くとつい叫んじまうのは悪い癖だ。
オッサン(元帥)が叢雲の100倍は不機嫌そうな顔でオレを睨む。

提督が鎮守府のトップなら、元帥はその各鎮守府を束ねる、軍のトップじゃねーか。
ようやくオレは、この訪問がただ事じゃないことを察した。
何の用事もなくふらっと寄りました、なんてことは無いだろう。

それは提督も同じようで、コイツにしては珍しく緊張を隠せない様子だった。

「それで、今日は如何致しました」
「そんな事、聞かれんでも分かろうが!」
「ぐっ・・・」

歩み寄った提督の頬に拳が振り下ろされる。
提督が真後ろに吹っ飛び、執務机に叩きつけられるのを見て、陽炎たちが悲鳴を上げた。

「(天龍ちゃん、駄目よ)」

無意識に一歩踏み出していた。
龍田が止めてくれなければ、今頃掴みかかってたかもしれない。

「これはまた、手荒い挨拶ですね。軍ではこれが常識なのですか?」
「ふん、口だけは減らない男よ」

執務机を背もたれにして、提督が苦しそうに答える。

尊敬する人を踏みにじられるのが許せないってのを、今初めて肌で感じた。

とは言え当の提督が耐えている以上、オレたちがしゃしゃり出る訳にはいかない。
元帥はオレたち艦娘の恐れと怒りの入り混じった視線なんて一顧だにせず、といった様子で、本題に入っていく。

「いつまで現海域に留まっているつもりだ」
「日々、出撃しておりますが」
「攻略できぬ限り、なんの意味もないわ!」

元帥の怒りは収まらない。
そんなやりとりを横目にしながら、オレは不思議に思った。

今の提督が来てから、もう二月ほどだろうか?

確かに鎮守府の戦線は膠着している。

でもそれは、提督が着任する前—-前の前の、そのまた前の提督くらいからそうだったハズだ。

こんな短期間で、新任の提督に対し海域を攻略せよなんて指示、今までなかったとオレは記憶している。

今回に限って、何故?
オレの疑問は尋ねるまでもなく、元帥自身が教えてくれた。
「呉の若造がおろう」

男の名前が挙がる。おそらく、呉鎮守府の提督なのだろう。

「ああ、私と同じ時期に着任した・・・」
「海域を一つ、攻略したぞ」
「・・・・・・」

提督が押し黙る。
海域の攻略。

オレたちの鎮守府が、延々と先延ばしにしている問題。
「あの若造を推した彼奴め、どんなにか偉そうにしておるか想像が付くか?・・・思い出しただけでも忌々しいわ!」

元帥は提督を殴るだけでは気が収まらなかったのか、今度は手に持ったステッキを高々と掲げた。

あぶねえ、あんなもので生身の人間が殴られたら・・・!

「このままでは次期大元帥の座も奴のもの・・・貴様が他の提督に先を越されとるせいでのお!」

殴ることはできなくても、盾になることは出来る。
オレは考える間もなく走り出して、元帥と提督の間に割って入った。

「天龍!」
「天龍ちゃん」
「むう・・・!?」

振り下ろされたステッキは、かろうじてオレの頭上で止まった。
オレはそれを見上げながら、瞬き一つせずに目の前の男を睨めつける。
元帥だろうがなんだろうが、知ったこっちゃねえ。

「おいオッサン。これ以上オレの提督に指一本触れてみろ。絶対に許しゃしねーぜ」

いつの間にか龍田がオレの後ろに回って、提督が立ち上げるのに肩を貸している。
いいぜ、龍田。そっちは任せたからよ。

・・・提督に肩を貸した逆の方の手で、武器を用意するのやめてくれねーかな。
「私たち、あなたがた人間様の出世争いに協力する気なんて、これっぽっちもありませんから。どうぞおかえり頂けますか?」

ああ、畜生。
言いたいことも全部、龍田に言われちまった。
口調もいつもと違うし、これはオレよりも起こっているんじゃないか、こいつ。
要するに元帥の言い分は単純なものだった。
自分の出世のために、お前らが戦果を稼げ。

たったそれだけのことで。
たったそれだけのことで、オレたちの提督を。

許せねえ。
「天龍、龍田。下がりなさい」
「でもよ、おめーアイツに何されたか・・・」

「下がりなさい」
「・・・・・・」

提督が有無を言わさずオレたちを黙らせるなんて初めてだ。
「ふん、海域攻略は出来ぬくせに小娘どもは誑かしおってからに。貴様がすべきことはお国のために一体でも多く深海棲艦どもを倒すこと。そうであろう?」

「深海棲艦どもは、必ず滅ぼします。海域攻略の方も、近いうちに必ず」

「いつまでにだ」

「ひと月以内には、目処を立てます」

分かっとらん、と独りごちたあと。
元帥が命を下す。
「2週間だ」
「は?」

「2週間で海域を攻略し、南西諸島を確保しろ」
「出来なければ、貴様を解任する」

「ふざけんじゃねえ、そんな無茶なことあるか!」
「天龍、黙っていろ」

ぐう・・・でもよ。
「しかし元帥、それは少々性急なのではありませんか」
「呉に先を越されたとあっては、これでも遅いわ」

着任して2ヶ月で海域攻略。
でもこれは華々しいデビューと言っていいのか、オレは疑問だった。

だって・・・。
「呉は、いくらなんでも早すぎます。一体どれだけの犠牲が出たのか・・・」

ふん、と鼻を鳴らして元帥はオレと龍田を見る。
まるでオレたちをモノでも見るかのような目で、見る。

ドロっと濁った冷たい両眼は、何の光もたたえちゃいなかった。
「駆逐や軽巡の1隻2隻沈んだところで、構わんわ。また作ればいい」

「んだと、てめえ!」

「天龍ちゃん!」

声を荒げるオレを龍田が嗜めるけれど、今度ばかりは我慢の限界だ。
「黙って聞いてりゃ、オレたちをただのモノみたいな言い方しやがって!」

「ただの兵器、だ。壊れるまで使い潰せばいい。むしろ、お国を護る為に使われるのだ。兵器とは言え、感謝して沈んでいってもらわねばな」

「オレたちは、てめーらの国を護るためなんかに戦ってんじゃねえ!」
元帥がオレを見る目が変わる。

心底、不思議なモノを見るかのように。

理解し難い異質なモノを見るかのような目で。

口から出てきたのは、純粋な疑問だった。

「では貴様らは、艦娘は一体何のために戦っているのだ?」
「!?」
こんな、人間のクズみたいな奴の一言がオレの心を強く揺さぶった。

イッタイ、ナンノタメニ・・・・・・?

「儂には戦う理由がある。大元帥まで登り詰め、お国を護る礎となることがそれだ。そのためには貴様ら兵器を何隻だって使い潰す。この男だって駒の一つに過ぎん」

提督を指差して言う。
「だが貴様はお国のために戦うのでは無いと言う。では何故今まで戦ってきた?」
「それは・・・アンタらが戦えっていうから・・・」

オレの子供じみた反抗はすぐさま跳ね除けられる。

「儂らが命じるから戦うとな。ハハ、それこそまさに兵器ではないか!」

・・・・・・やめろ。

「誇りもなく、信念もなく、理由もなく。ただ儂らが命じるままに戦い、敵を倒し沈んでいく」

・・・やめろ。

「それこそまさに、貴様ら艦娘がただの兵器である証拠ではないか。愚かなものよの!」

やめろ!
「天龍!」
「天龍ちゃん!」

今度こそ本気で元帥に殴りかかったオレを、提督と龍田が羽交い締めにして止める。

「やめろ、放せっ・・・この・・・!」

今にも提督と龍田の拘束を振りほどかんとしているオレを捕まえながら、提督が口を開いた。
「元帥、少しお戯れがすぎるのではないですか?」
「ふん、貴様が戦果を上げぬからだ」

心底つまらなそうに、元帥が答える。

言いたいことは言い切った様で、元帥が振り返り、執務室の出口へと向かっていく。
「忘れるな、2週間だ」
「2週間で海域攻略が出来なければ、貴様を提督から解任する。せいぜい、その兵器どもを上手く使って戦果を上げろ」

「分かりました」

元帥が入ってきた扉から出て行く。

両脇で今まで固まっていた陽炎型姉妹が、ヘナヘナと腰を落としてしゃがんでいった。
「みんな、悪かったな」

まだ龍田に身体を支えられて、それでも気丈に提督が口を開く。

「提督、おめー大丈夫なのか?」
「ああ、これから海域攻略の作戦も立てなきゃならないしな。倒れちゃおれんさ」
「・・・」

「なら、いいけどよ・・・」
「さて、天龍と龍田は協力してもらうぞ。今日は徹夜だな・・・」
「天龍ちゃん、遠征はキャンセルね~、艦隊には私から連絡しておくから」

もちろんだ。遠征なんかチンタラやってる場合じゃねえしな。

さて、あと問題なのは・・・やっぱり陽炎と不知火だろうな。

こいつらがいると、提督も気が抜けないんだろう。
「それから、陽炎と不知火。お前たちは自分の部屋に戻るように」

提督の言葉に我に帰ったのか、陽炎と不知火が飛び起きて喋りだす。
やっぱりそうきたか。

「そんな、司令。私も協力するわ!」
「司令、私もです。粉骨砕身、尽力する所存です」

へえ。

陽炎と不知火もかなり提督を慕っていたらしい。

提督のピンチに、何か自分にできることはないかと精一杯みたいだ。
今はその気持ちがマイナスに働こうとしているんだけどな。

・・・。
・・・・・・。

あー、仕方ねえ。
こういう時、そんな役割をやってやるのもオレの仕事さ。
「オラオラ、提督はこれから忙しいんだよ。ガキの相手はできねーの」
「ちょっと天龍、ガキってどういうことよ!」

陽炎が喰ってかかる。ゴメンな。

「残れって言われたのは、オレと龍田だけで、それが提督の判断だ。お前たちがいても役に立たねえってな。それが分からないからガキだってんだよ」
「・・・・・・」
厳しい言葉でオレは目の前の姉妹を突き放す。

そうじゃないとこいつらは、いつまでもこの場に残ろうとするだろうから。

陽炎が顔を落としたところで、龍田が追い打ちを放つ。

「二人ともごめんなさいね~。作戦が立ったら活躍してもらうから、今は我慢して、ね?」
「龍田さんまで、そうおっしゃるのですか」

続いて不知火が悔しそうに顔をしかめる。
二人して自分の無力さを呪ってる様だった。

・・・ったく、泣きたいのはこっちだってのによ。
「必ず、見返してみせますから」

目に涙を浮かべて、それでもオレたちに対して気丈に宣言した陽炎は見事なものだった。
逆に不知火は唇を引き結んで、一言もなく退出していった。白手袋に覆われた拳を、ぎゅっと握って。

・・・見下してなんかいないよ。

ゴメンな・・・お前たちがいると、提督が休めないからよ。
陽炎たちの足音が完全に聞こえなくなったのを確認して、オレは振り返った。

「提督、もういいぜ」
「ぐっ・・・」
「きゃっ、提督・・・」

立ち上がって陽炎たちを見送った提督が崩れ落ちる。

・・・どいつもこいつも無茶しやがって。
救急セットを持ち出した龍田が処置を始める。

・・・そりゃああんな勢いで殴られたのに、平気な訳が無いよな。

それを陽炎たちに不安をかけまいと堪えていただけ大したモンだよ。

・・・バカが。
提督のそばに歩み寄る。

机に背を預けて、さっき元帥に吹っ飛ばされた時と同じ姿勢で息を切らしているのを見下ろして、オレはどうしようもないほど『何か』が溢れてくるのを感じた。

視界がボヤける。

あ、あれ・・・どうしたんだろう。
殴られたのはオレじゃなくて、提督なのに。
ポロ、ポロっと。
オレが自分の状態に気づいた時にはもう遅く。

「天龍・・・泣いて、いるのか」

ああ、バレちまった。
陽炎たちでさえ我慢してたのに・・・。

オレが泣いて、どうするよ。
「だって・・・だってよ、何でおめーが殴られなきゃなんねーんだよ」
「そりゃ、戦果を上げてなかったからなあ。ちょっと、じっくり行き過ぎたかなあ?」

そんなこと・・・。

「そんなこと、ない。提督は私たちにもう犠牲が出ないように頑張ってた。秘書艦をやってる私には・・・いえ、みんな分かっているわ」

龍田の声もかすれている。

すげえ、普段あんなに自分の感情を表に出さないのに。

後でからかってやろう、なんて思ったけれど。
オレも、人のことを言えない状態だってことに気づいたから、やめだ。
「う・・・ひっく・・・」

溢れ出した涙が止まらない。
大事な人が傷つけられたから。

その至極単純な理由が、今のオレにはたまらなく辛いものに思えたんだ。

まだ息を荒くしている提督の胸に、そっと顔を寄せる。

そうしないと、オレの中で必死に押さえ込んでいる感情が堰を切って、溢れてしまいそうだったから。
「あはは、天龍ちゃん。泣いちゃってるわ~」

そっとオレを抱くように、上から龍田が覆いかぶさって。

二人して提督に身体を預ける。

「うるせえ、そんなの、龍田だってそうじゃねーか」

龍田もオレも、もう限界だった。

何かたった一つきっかけがあっただけで、この堰は切れてしまう。
そして。

提督が、もたれかかったオレと龍田の肩を抱き寄せて。

「二人とも、すまなかったな。心配をかけた」
「ありがとう」

耳元で、そう言ってくれた瞬間。

堰が、切れた。
「う・・・あぁ・・・ああぁぁぁぁあぁあああああああ!」
「ひっく・・・ぐす・・・わあああああぁぁぁあああん!」

龍田と二人して、大声を上げて泣きじゃくる。

「提督が・・・殴られて・・・なんで、なんで・・・!」
「ごめんなさい、ごめんなさ・・・私、なにもできな・・・秘書か・・・なのに!なにも!」

「いいんだよ、俺は大丈夫だから」
溢れ出してくる言葉が、涙が、止まらない。

「でも、でも。オレ、あいつに何も言えなくて・・・提督が!提督が・・・されたのに!」
「違うの!それは私が止めたから・・・天龍ちゃんは悪くないの!私が・・・私が・・・」

「天龍も龍田も、悪くないよ。二人ともよくやってくれているさ」

「「ぁあぁぁぁあぁっぁああああ!」」

その言葉を聞いて、さっきよりも強い力で抱き寄せられて。

オレと龍田は、提督の腕の中で、声が枯れ果てるほど泣きじゃくった。
提督の腕の中で泣いてから、どれくらいの時間が経っただろうか。

何一つ問題は解決しちゃいないけど。

オレと龍田と、オレたちを見つめる提督はみんな、どこか満ち足りたような表情を浮かべていた。

不思議と心が落ち着いている。
「海域、攻略しなきゃな」
「ああ、オレに任せておけ」
「あら~、私もいるわよ~?」

声が枯れているけれど、龍田の口調もすっかり元通りだ。
「二人には期待しているよ。なんたって後2週間だからな」

「でもよ、オレたちだけじゃ無理だぜ。川内と神通あたりはいないと」
「でも、それじゃ今までと何も変わらないわ~]

まあ、その戦力で今まで海域攻略できなかったんだからな。

「そこらへんも大丈夫だ。俺の考えが正しければ、ね」

偉く自信がありそうだな、状況は今までと変わっちゃいないっていうのに。
どうもこれはお得意の演技での空手形ってわけじゃなさそうだ。
偉く自信がありそうだな、状況は今までと変わっちゃいないっていうのに。
どうもこれはお得意の演技での空手形ってわけじゃなさそうだ。

「ふーん、じゃあお手並み拝見といこうかね」
「うふふ、提督。信じてるわ~」

すっかり余裕を取り戻した龍田が、指先で提督の胸を突っつく。

・・・そんなことをしても、さっきまで大泣きしてた事実は変わんねーぞ。
にしても、冷静になってくるとこの体勢が少し・・・いや大分恥ずかしい。

・・・し、しかも未だに提督がオレの肩を抱いたまんまじゃねーか!

「それはそうと、提督、お前そろそろ放せよなあ!」
「なんだ、天龍。今更恥ずかしがってどうする」
「そうよお、天龍ちゃん、今更よお」

自分だって恥ずかしいくせに、龍田がオレをからかってくる。
「な、恥ずかしくなんてねーよ・・・こんなところ誰かに見られたら・・・」

特に小うるさい川内なんかに・・・
バタン、と執務室の扉が開く音。

「提督ー!なんか偉そうな人が来たってみんな大騒ぎしてるよ!何!?夜戦でも始まるの!?」

「「「あ」」」

声が重なる。

「ぎゃー、天龍と龍田が提督を押し倒してるぅ~~~~!」

見つかったあ・・・。
「ち、ちが・・・おい川内、これはごか・・・」
「なに、なに?3人してアブノーマルな関係?ねえねえ!」

聞いちゃいねえ。

オイ、おめーらも何とか言えよと横目で見ると。

提督と龍田が目を合わせて。
にやあ、っとやらしい笑みを浮かべていた。
さっきまでの甘い雰囲気はどこへやら。
でも、湿っぽい空気も川内のおかげで吹き飛んじまって。
結局、これでよかったのかもしれない。

「川内さんも参加しますかあ?」
「いやあ、私はそっちの夜戦の方はまだちょっと早いかなあ、って」

おい、そっちってどっちのだ。どっちの。

「と、いう訳でみんなに広めてきま~す!じゃね!」
「ま、まちやがれ川内ぃ~~~!」
海域攻略に残された時間、2週間。

ま、天龍さまが何とかしてやるからよ。
任せとけって。

・・・にしても、今まではあんなにズキンズキン痛かった胸の鼓動が、今はこんなにも心地いいのは何でなんだろうな。
よくわかんねーや。

・・・本当だぜ?
あれから、1週間。

提督解任のリミットである2週間のうち、半分が過ぎた。
オレたちは絶えず出撃を続け、まだ南西諸島の攻略を目指している。

あれだけのことがあったんだ。
そろそろ攻略できてもおかしくはない。
「・・・と、思ったんだけどよ・・・」
「現実は厳しいわね~」

出撃と出撃の合間にこうして【間宮】で愚痴をこぼすのがおれたちの日課になってしまった。

「あと少しなんだけどね~」
「一体、何が足りないのでしょうか」
「やっぱ、夜戦・・・かなあ」

夕張、神通、川内が口々に意見を言う。

いつも五月蝿い夜戦バカが萎れていると調子が狂っちまうぜ。

今度ばかりは川内の意見も間違っちゃいないんだけどよ・・・。
「夜戦までもつれこんでも、最後までトドメをさせねーんだよなあ」
「今開発中の兵装が完成すれば、少しは・・・」

う~ん、夕張の意見も正しいけどさ。
確信はそこにはない気がするんだ。

戦術とか兵装とかじゃない、もっと大切な何か。

それがオレたちには不足しているような、そんな気が。
「では貴様らは、艦娘は一体何のために戦っているのだ?」

「・・・・・・・・・っ!」

あのクソヤローの言葉が再び胸を突き刺す。

「誇りもなく、信念もなく、理由もなく。ただ儂らが命じるままに戦い、敵を倒し沈んでいく」

ギリ・・・。
歯が軋む。

「それこそまさに、貴様ら艦娘がただの兵器である証拠ではないか。愚かなものよの!」

うっせえな、オレたちは兵器じゃねえ。
あの言葉が想像以上にオレを動揺させた。

戦う理由?
そんなの考えたこともないのに。
隣に龍田がいて、仲間たちがいて、今は信じることができる提督もいる。
それで充分じゃないのか?

あんな奴の言うことを間に受けて落ち込むなんて馬鹿げてる、そうだろ、オレ。

「はぁ・・・」
「どうしたの~、天龍ちゃん」

いや、ちょっとよと言葉を濁すオレにまさかの追撃が来る。
「んっふっふ~、分からないかなあ龍田さん。このため息はズバリ・・・」

「何何、夕張。なにか面白いこと~~~?」

「ね、姉さん・・・はしゃぎすぎです・・・」

「な、何だってんだよ夕張・・・」
やけに得意げだな、見透かされたか・・・?

身を乗り出す川内を神通が止めるのを見ながら、オレは不安を隠すように手元のコップを取って口をつける。

コーヒー・・・牛乳。なんだよ、甘党で悪いか?
「ズバリ、恋の悩みね!」
「ブーーーーー!」

少し早いけれど、夕張はシャワーの時間の様だ。

「きゃ、汚い!何するのよ!」
「うるせえ、お前が変なこと口にするからだろーが!」

夕張の抗議は却下して、オレは声を張り上げた。
いきなり何言ってんだ、コイツは・・・!

「恋~~!?」
「恋・・・ですか」
「恋、ねぇ~。うふふ」

他の奴らも三者三様の反応を見せて乗っかってきやがる。

・・・あ、これ龍田のスイッチ入ったな。
「うふ、だって、天龍ちゃん。実際のところ、どうなの~?」

「ねえねえ、どうなのどうなの~、恋するってどんな気持ち、どんな気持ち?」

くっそ、完全にオレをおもちゃにする気だ。
一先ずこの空気を変えようと、神通に目配せする。

コイツはあまりはっちゃけるのが好きじゃないハズだからな。
適当に話題を逸らしてくれるだろう。
・・・?

なんでその神通が、申し訳なさそうにこっちを見るんだ?

「・・・ごめんなさい、天龍さん・・・私も、聞いてみたい・・・です・・・」

ものすごく申し訳なさそうに、トドメを刺しやがった・・・。
ったく。

どこをどう見ればこの天龍様が恋してるように見えるって?
冗談じゃないぜ。
心のどこか奥に隠した真実を見ないように、見ないようにしながらオレは答える。

「あのな、別にオレは提督のことなんかどーとも思っちゃいねーから・・・ん?」

その瞬間、龍田と川内と夕張がニタリと笑う。

完全にエモノを追い詰めた時の顔だ。
「んっふっふ~、言ってしまいましたなあ天龍くん」

「何だよ夕張、気持ちわりぃな・・・」

「天龍ちゃん、まだ気づいてないみたい」

「いやあ~、恋する乙女は盲目ですってことだね!」

うんうん、と訳知り顔で腕を組み頷く川内。

・・・いつもより5割増でうざい。
やっぱ静かな方がいいや、コイツは。
「なあ、オレ何か変なこと言ったか?」

そんなオレたちをみて困ったような、妙に納得したような薄笑いを浮かべている神通に質問してみた後で、オレは後悔することになる。

この、普段誰よりも冷静で常識をわきまえている様に見える軽巡洋艦を見誤っていたことに。

さっきオレが空気を変えようとした時にトドメをさしたのは、龍田でも川内でも夕張でもなく。
今も申し訳なさそうに口を開こうとしているコイツだったってことに。

オレは気づいていなかったのだから。
「あのう、天龍さん・・・」
「何だよ、言いたいことがあったら言えよ」

「川内姉さんは、恋の相手が提督だなんて、一言も言ってませんよ?」

・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・あ。
と、呟きが漏れ出そうになった口を慌てて抑える。
しまった、しまった、しまった。
なんで?

「い、いやだってほら。この鎮守府に男っていや提督しか・・・」
「ほう、だから恋愛相手は提督しかありえない、っと。言うね~!」
「・・・っ!」

このヤロー・・・。

混乱した頭を必死に覚ましながら、何とか気を落ち着けようと足掻くけど・・・。
「天龍ちゃん、何か言い残すことは、ありますか~?」

「全く、昔からアンタはバカ正直ね」

「ねえねえ、もう正直に言って楽になりなよ!ねえねえねえったら!」

もうオレの喉笛まで噛みちぎってやがる・・・。

「川内姉さん、そんなに言ったらかわいそうです・・・」

「なによー、追い詰めたのは神通じゃない!」

「あぅ・・・天龍さん、ごめんなさい・・・正直に言いすぎました・・・」
四面楚歌。

まあ、この場合の歌ってのは恋の歌なんだけどな。

・・・うわつまんねえ。

混乱のあまりどうしようもない冗談しか浮かんでこず、オレはこの場をごまかすことも出来やしない。
・・・誤魔化す?
誤魔化すって、何をだよ?

・・・もう、分かってるくせに。
・・・怖いから、認めていないだけのくせに。

そんな風に自分と喧嘩しているオレをよそに、4人は会話を進めていく。
「なーんだ、この間の川内の話しは本当だったんだ」
「『天龍が提督を押し倒し事件』ですか」
「なあにそれ、ネーミングセンスわる~い」

ああ、本当に最悪だよ。

でも、何か。何かこの場をやり過ごす話題はないか。

そんな、普段のオレからは想像もつかない弱気の発想。
言い訳とその場しのぎの言葉を探す情けねえ姿。
「ええ~!?みんな信じてなかったの~!?最初から私言ってたもん!天龍と龍田が提督を押し倒してたって!」
「姉さんの場合、日頃の行いから仕方ないかと・・・」

オレと、龍田か・・・。
ああ、そうだ!
「そういや、あの時執務室にいたのはオレと提督だけじゃねーんだぜ。龍田はどうなんだよ?」
「え、わたし~?」
「そういえばそうだよね、私龍田も提督の上にいたの見たもん!」

「何だか誤解を招く言い方ね・・・」
「姉さんは無邪気なだけですから・・・」

夕張と神通の反応には目もくれず、オレは一気に本丸へと突き進む。
「オレばっかに喋らせておいて、まさか自分は黙ってますなんてことねーよな?」

「なんだか天龍ちゃんがこわいわ~」

ったりめーだ。オレを怒らせたら怖いってこと、思い知らせてやるぜ。

あとついでに、身代わりになってくれ。
「で、どーなんだ。龍田は提督のこと、すすす・・・好きなの、か?」

ああくそ、肝心なところでどもっちまう!

「私?私はね~」

んー、と宙に視線をやりながら、人差し指を顎にあてる仕草が妙に色っぽい。
いつもの龍田ののんびりとした口調が、今はいつもよりも余計にゆっくりに感じた。

「好きかなあ、提督のこと~」
「なななん・・・マジでかあ!?」
「うん、提督のこと、私好きよお。あと、天龍ちゃんと~、川内さんと夕張さんと。神通さんももちろん好きよ~?」

・・・なんだよ、そういうことかよ。

「オレが聞きたかったのはそういうことじゃなくってだなあ」

またもやしまった、と思ったのは、龍田の顔を見たから。
「あら~、どういうことかしらあ。天龍ちゃんの聞きたい『好き』と、私の言った『好き』には、どういう違いがあるのかしら~?」

ああ、全く。
口喧嘩でこいつにゃ勝てやしない。

オレはがっくりと肩を落として、その後しばらく夕張たちの好きなようにされたのだった。
「戦う理由?」

ようやく話題が落ち着いて、オレはかねての心の引っ掛かりをみんなに打ち明けた。

「へえ、天龍。あんた結構真面目なことも考えたりするのね」

夕張が心底びっくりした、という感じ。
「っせーな、オレだってそういうことを考えたりするさ。みんなは、どうなんだよ」

「別に~、私は天龍ちゃんと、みんながいればそれでいいかしら~」

「私はどうだろ。工廠で開発していることの方が多いから、考えたことはないかな」

と、龍田と夕張。
ま、この二人はこんな感じだろうな。
「私はやせ・・・」
「夜戦以外で頼む」
「ぶー!」

むくれる川内。
お前は何も考えてなさそうでいいなあ。

となると、参考になりそうなのは・・・。
私は、と恐る恐るといった感じで神通が切り出す。

「兵器、でいいと思います。艦娘は、深海棲艦と戦うものです。

ふん、それで、とオレは先を促す。

それで終わりです、とは言わせねえ。
「はい・・・。もちろん、私たちにも感情はあります。でも・・・私たちの本質は、兵器」

「提督の命令のもと敵を打ち倒し、力尽きたら沈んでいく・・・」

「それが、私たちなのだと思います」

「神通・・・」

川内が声をかけても無反応。

神通は結局、喋っているいる間も後もオレたちの方を見ようともしなかった。

まるで自分に言い聞かせるように語って。
小さく俯いてそれっきり。
・・・気に食わねえな。

コイツは、まだあの時から立ち止まったまんま・・・一歩も進めないでいるのか。

情けねえ、情けねえ。

神通も、こいつを救えないオレも川内たちも。

だからかな、余計なことを言っちまった。
「提督の命令の元、ね」
「何か、おかしいですか」

神通が顔を上げる。真っ直ぐにオレを見据えて。

天龍ちゃん、と小声で龍田が呼ぶ。

夕張が、川内がちょっと、とオレを止めようとする。
けれどもオレはあえて耳を貸さずに言葉を刃に変えて斬り付けた。

「そんなこと、ここにいる誰よりも思っちゃいないくせに?」
ガチャン、と音がした。

神通が座っていた椅子を蹴って立ち上がった勢いで、テーブルに置いたカップたちが弾けたからだ。

それに合わせてオレも静かに立ち上がる。
目の前から手加減なく放たれる殺気を、真正面から受け止める。

「どういう、意味ですか」

神通から放たれる、深い海の底から来るような、冷えた声。
いつものオドオドとした表情ではなく、怒りに任せたむき出しの表情・・・。
前に、暁たち六駆のガキどもが中心に、『怒らせたら怖い先輩たち』をランキングしてたことがあった。

怒らせたら怖い、なので残念ながら常時怖いオレはランクインしなかったのだが。
1位は我らが龍田。

2位が秘書艦・叢雲。罰則も振るい放題な立場だしな。

3位が不知火。まあ、ガキから見りゃ怖いんだろうな。その場にいた不知火が実は落ち込んでいたことをオレは知っている。

ガキどもはみんな何も違和感なくランキングを受け止めていた。

陽炎だけは3位に大爆笑してたっけな。
正直、何もわかっちゃいないと思った。

なあ暁、響。お前ら神通のことちゃんと見たことあるか?

雷、電。お前たちこうやってコイツに睨まれたことあるか?

いつもオドオドしてる姿、ありゃ仮面だぜ?
その下に、ドス黒いモン抱えてうずくまってやがるんだ。

・・・ああ、おっかねえ。
「もう一度聞きます、天龍さん。どういう、意味ですか」
「おや、聞こえなかったかな」

すっとぼけて見せるオレ。
あー、今からでも言うのやめちゃおうかなあなんて萎える心を叩き直して。

「艦娘は提督の命令に黙って従う兵器。そんなこと、お前が一番思っちゃいねーだろ、って言ったんだ。誰よりも、何よりもお前とそのい-――」
瞬間。

胸元を掴まれたオレは、すごい力で引き寄せられた。
シャツのボタンが飛ぶ。

テーブルの上に乗ったモノがぶちまけられない様に支えてくれた夕張に感謝だ。

まあ、オレも言い過ぎたからな・・・一発くらい覚悟してやるよ。

でもよ神通、顔はやめてくんねーかなあ?

最近、ちょっとはそういうこと、気にするようになってきたんだぜ。オレもよ。
待ち構えてた拳は、結局来なかった。

「二人とも、落ち着きなよ」
「そうよぉ~、喧嘩は良くないわ~」

「川内姉さん・・・」
「龍田・・・」

バッチリオレの頬を狙った拳は、寸前で龍田の白手袋の中へ収まっていて。

神通はというと、いつになく神妙な顔をした川内に羽交い締めにされていた。
「・・・あなたに言われる筋合いはありません」

それでも抑えきれない怒りが拳でなく言葉となって、神通から放たれる。

「そうかな、仲間だろ」

「今の提督は、信頼してやってもいいんじゃないかな」
「余計なお世話です」

「神通・・・」
「・・・っ!」
川内が泣きそうな顔で妹の名前を呼んだのを聞いて、神通が揺らいだ。
「天龍ちゃんも、言い過ぎよ?」
「そうだな・・・すまなかった、神通。踏み込みすぎたようだ」
「・・・私も、すみませんでした。天龍さんは悪くないのに・・・いつまでもウジウジしている私が悪いのに・・・」

演習に行ってきます、と言い残して神通が去っていった。

後を追うようにして川内も出て行く。
「はぁ~、怖かったあ」

二人が出て行ったあと、ようやく力が抜けたのか夕張がため息をついた。

「もう、天龍!神通を刺激するのやめなさいよ。ただでさえあんなことがあったってのに」

「あんなことがあったから、だろ」

「天龍ちゃんでも川内さんでもダメとなると困ったものだけど。それでも天龍ちゃん、どうしていきなりあんなこと言いだしたの?」
さあ、なんでだろ。
自分の気持ちを吐き出さずに溜め込んでいる神通をみると、なんだか無性に腹が立って。

もうそろそろ楽になれよ。
素直になっちまえよって思ったら、口に出しちまったんだよな。

川内姉妹・・・特に神通にとって、過去の傷を抉るのはタブーだってのによ。

「ちょっと、外歩いてくるわ」

塞いじまった気分を入れ替えるために、オレは一人で【間宮】を後にした。
夕焼けに染まる鎮守府を、オレは一人歩いていく。

もうすぐ春だと言うのに、海から吹き付ける風はまだ肌を刺す痛みを含んでいて、オレの心をいっそう冷やしていった。

気持ちの整理がついてくると、神通に放った言葉に自己嫌悪が湧いてくる。

自分の気持ちを表に出さずに溜め込むなって。
「なんだそりゃ、オレのことじゃんか」

同じような状態にいる神通を見て、腹が立った。

仲間のことを思っての言葉じゃなく、ふがいない自分に向けた言葉。
ああ、どうやって神通に謝ろうかな・・・。

そんなことを考えながら歩いていると、鎮守府の端、埠頭の方まで行き着いてしまった。
紅く燃える太陽が沈み始める空を、海鳥が飛んでいる他は誰もいない。

スカートのポケットに手を突っ込んで、オレはただザザザ、と音を立てて寄せる波を眺めている。

「はあ、帰ろうかな」

「お前らしくないじゃないか、落ち込むなんて」
それは今一番聞きたくない声だったかもしれない。
それは今一番聞きたかった声だったかもしれない。

こんな風に弱っているオレを見て欲しくなかったのか。
こんな風に弱っているオレをちゃんと見て欲しかったのか。

もう、オレには分からない。
でも、たった一つ言えることは。

ソイツが今、ここにいてくれて。
オレが嬉しい、と感じたことだ。
「提督・・・」

提督がこちらに来るのが待てなくて、オレの方から駆け寄る。

「おっと」

オレは提督の胸に飛び込んで顔をうずめる。
・・・すごく、落ち着く。
「どうした、天龍。なんだか最近、俺に甘えてばかりじゃないか」

「うっせえ」

提督がオレの頭をそっと撫でると、幸せな気分になっていくのが分かる。

ああ、なんだか。
今日は、何でも話せちまいそうだ。
「そうか、神通とな・・・」
「全部オレがわりぃんだ」

さっき起こったことをすべて吐き出してしまうと、いくらか楽になった。
オレたちは埠頭の縁に腰掛けて、話を続ける。

すぐ下は海で、足元が少し心もとない。

「いや、神通が抱えているモノは俺も分かっていたつもりだ。今まで解決してやれなかった俺に責任がある」

提督が言う。

やっぱ神通のことは前から気にしてたか・・・。
「時間をかけて、と思っていたが・・・俺にも時間がないからな。明日にでも解決に向けて動くさ」

「明日!?そんなにアッサリと解決出来んのかよ!」

やっぱ提督は凄いやつかもしれない。

オレや、川内ですら解決出来なかった神通の心の闇を、こいつなら取り払ってやれるのかも・・・。

「・・・・・・」
「ん、どうした?」

別に、何とも思ってやしないさ。
そんな子供じみた意地とは裏腹に。

「神通のことばっか、見てやってるんだな」
オレの口から付いて出たのはそんな言葉。

「何だ、嫉妬か?」
「べ、別にそんなんじゃねーよ!」

嘘だ。
これは嫉妬だ。

提督が、他の艦娘のことも見ているということへの。
・・・ちょっと前までは、それが信頼へと繋がっていたのに。
「で、でもよ。本当に時間がないんだぜ、本当に上手くいくのか?」

「上手くいくかは、分からない。今日と、明日の次第だ」

今日・・・?

「正確には、今から、だな」

提督が何を言っているのか、よく分からない。
不思議に思って提督の方を向くと、提督もオレの方を見ていた。

目と目が合う。
「天龍、俺はお前のことも見ているんだよ」
「な!?ななな・・・」

何言ってんだ!?

オレの中で急速に湧き上がる期待と不安。

それらが混ざり合って、膨らんでゆく。
「最近の出撃、上手く行ってないだろう。具合でも悪いのか?」

「ああ・・・」

そういう事か。

さっきまで爆発寸前だったオレの気持ちが萎んでいくのを感じる。

確かに、最近—-具体的には元帥の襲来以降—-オレの出撃での戦果はパっとしていない。

理由はやっぱり・・・。
「提督、オレたちってやっぱり兵器なのかな」

「そんなことはない!」

「わ、わ・・・!」

いきなり肩を掴まれる。

「お前たちは兵器じゃない、艦娘だ。元帥の言葉を間に受けるものじゃないし、神通のその考えも俺が直してみせる。だから-――!」

ぐ、っと提督に引き寄せられそうになって、オレは慌てた。
自分で飛び込むのはオーケーだったくせに。

やられる側となると話は別だ。

オレが暴れるとは思ってなかった様で、提督も慌てる。

元々足場が不安定だったせいか二人もつれて海に飛び込もうとしたところを、何とか反動をきかせて反対側へ身体を倒れ込ませる。

「ってて・・・何とか海にダイブ、ってのは避けられた・・・!?」

「ああ、すまないな・・・っと!?」
問題は、二人が倒れ込んだ位置。

海に落ちないようにお互いがお互いを引っ張った結果、一緒に倒れ込んでしまって。

顔が、すごく近い。

どちらかが寄せれば、くっついてしまいそうなほどに。

「あ・・・」

吐息が、漏れる。

キス、できそうな距離だ。
そう思った瞬間、オレは無意識に提督に近づいていた。

提督は顔をそらさない。

・・・なら、良いってことかな?

なあ、しちまうぜ?

唇と、唇が触れる3秒前。
オレの唇に提督の人差し指が乗せられて勢いが止まる。
何だよ、やっぱりオレとじゃ嫌なんじゃねーか。

なら、期待させないでよ・・・。
こんなに、優しくしないでよ・・・。

「その前に、一つはっきりさせておくことがある」
「へ?」

その前に、ってことは・・・。
・・・嫌じゃ、ないってこと?
「う、うん。何・・・?」

「それはな、さっきお前が悩んでいると言ったことにも直結している」
「何のために戦うか、ってことか」

そうだ、と提督は言った。

でも、それきり。
いつもとは違う歯切れの悪い口調。
やがて覚悟を決めたように、提督が言う。

こういう話を知っているか、と。

「恋心が、艦娘を強くする」

・・・誰かがそんな話をしていた気がする。

その頃は人間に恋をするなんて考えられなくて、笑い飛ばした様な。
「元帥が言っていた鎮守府があったろ。呉」

「ああ、海域を攻略したっていう・・・」

「あそこがそれを証明した」

それは、どういう・・・?

疑問は、すぐに提督が答えてくれた。
「海域の敵旗艦・・・ボスを倒したのは、提督と恋仲にあった艦娘だ」

「その艦娘は、提督と結ばれてから全てのスペックが格段に上がったそうだ」

火力、装甲、回避、索敵・・・。

それらの向上はそのまま戦場での戦果に直結する。

だけどそれが恋心のおかげなんて、すぐには信じられない。
「最もその艦娘は向上したんじゃないと言っているがね」
「スペックが上昇してるのに、か?」

「うん・・・もともとこれくらいできる気がしてた、とね。恋に落ちる以前は、何故だか出来なかったけれど、とも」
「あ・・・」

「そうねぇ、何ていうのかしら。もっと身体を動かせる、交わせる。当てられる。そんな感覚はあるのに、実際は上手く動けないのよねえ」

「頭の中では出来る、と思っていることが実際やってみると中途半端というか・・・そんな感覚は、あります」

龍田と、神通の声が脳裏に蘇る。

あれはいつの会話だったか。
「艦娘の持つ潜在能力はケタ違いだ」

提督は続ける。

「なのに、お前たちはまだその全てを引き出せていない」

「そう、艦娘のコンディションは心の持ち用に激しく左右される」

「今までも意識することはなかったか?気分がいい日と悪い日の戦果の違いに」

あ、っとオレは本日何回目になるかという驚きの声を上げる。

提督のことが信頼できると確信したあの日から、戦果が良い日が続いた。

身体も軽かった。元帥の発言で揺らいだ日から、オレが稼ぐ戦果は大したことがなかった。
「艦娘の気持ちさえ上向いていれば、その素は何だっていい」

使命感、名誉欲、戦闘での高揚感はたまた金銭・・・人を戦いに駆り立てる理由ならいくらでもある。
でも艦娘は。

「海から生まれてきて、あるいは工廠で建造されて・・・いきなりそんなものを持てと言われても、出来るわけがないと思わないか?」

確かにそうだ。

現にオレたち艦娘側は、誰ひとりそんなものは持っちゃいないまま戦いに望んでた。

そしてそれが、前任の提督たちとの軋轢を生んでいたのだから。
国を守れと、何とも思っちゃいないどころか嫌いな人間に言われたってやる気も出ない。

なら、そんな艦娘たちを指揮する提督の為すべき役割とは。

「もう、話は見えてきただろ?」
「ああ、素人のおめーが着任してきたのも」

「そういうことさ」

そう、仮に。
好意を寄せる人物が提督だったとしたらどうだろう。
恋心。

それは艦娘たちにとって、お国を護るなどという使命感なんかよりもよっぽど強い気持ちとなりうるのではないだろうか?

そしてそれならば、軍事的な考えでがんじがらめになっている奴よりも、女心を掴むことの出来る奴の方が適任だ。

目の前のコイツのような、若くて格好良くて、優しい男の方が。

「演技は得意だ、と言ったろう?」

提督が自嘲気味に呟く。
「何もかも、オレたちに好かれるためだったってのか?」

「そうだ。艦娘の生存を第一に考える、理解のある上官。それを演じることで君たちに好かれようとした」

「何のために」
「全ての深海棲艦を殺すために」

今まで聞いたことのない低い声に、オレははっと提督の方を向き直る。

暗い目をしていた。

まるですべての希望が、あの暗い海の底に沈んでしまったかのような・・・光の届かない深海の中で蠢く、ドス黒い殺意・・・。
「だから鎮守府のエースである天龍、龍田、川内、神通には特別に好かれるように行動していた」
「全ては奴らに・・・敵に勝つために」

「オレたちが見てきたお前は、ぜんぶ演技のニセモノだってことか?」
「そうだ」

瞳に光を戻して、提督が言う。

「だが俺は天龍、お前のことが好きだ。だから、包み隠さず話した」
「その上で、どうか俺を好きになって欲しい。そして、一緒に戦って欲しい」
はは、なんだそれ。

「随分と都合のいい話しじゃねーか」

「百も承知だ」

「で、何でそれを今更話した。ずっと黙ってれば良かったのに」

こいつの言う通り、オレたちが騙されていたのだとしたら。
そのまま放っておけば都合が良かっただろうに。

「ありのままの俺を知ってもらって、お前たちに好かれたい。そう思ったから」

あーあ。
オレ、何でこんな奴のこと好きになっちまったんだろうな?

とにかくこのままじゃ気がすまない。
それだけは思った。
「オレに嫌われるとは思わなかったのか?」

「正直、そう思ったさ」

ふう、と提督が息をつく。
さっきまでの暗い感情を引っ込め、何かを諦めたような寂しげな表情を浮かべて。

「じゃあ、喋るなよ。艦娘に嫌われたら深海棲艦を倒すことも出来ないんだろ?」

「だから、言ったろ。ニセモノの俺でなく、ありのままの俺を好きになって欲しいって」
ああ、結局こいつは。

何も分かってねえ。

オレのこと、何も分かってねえーんじゃん。

なーにが理解のある上官、なんだか。
演技だとか騙すだとか、こいつが気にしていることなんかじゃなく。

気に食わないのは、オレのこの思いさえも提督は自分が抱かせたニセモノだと思っていることだ。

だから、教えてやることにした。
オレなりのやり方でな。
「一発・・・それで許してやるよ」

「ハハ、天龍は優しいな」

「いいから、目ェ閉じろや」

殴られると確信してか、それでも提督は静かに目を閉じた。

自分がしたことに対する罰を喜んで受け入れようとか、そんな殊勝なことでも考えているんだろう。
いいぜ、受け入れてもらうとするか。

ただし、お前が期待したようにはいかねーけどな。

目を閉じて立ち尽くす提督に一歩、距離を寄せる。

提督の息遣いがオレの前髪を撫でる。

頭の中がポウ、っと軽くなり顔中から湯気が吹き出そうなくらい熱を感じる。

まるで沸騰したやかんみたいだな、なんて場違いなことを思った。
「天龍・・・?」
「黙って目、閉じてろ」

いくら待っても拳が飛んでこないことを疑問に思ったのか。
提督が話しかけてきたけれども、有無を言わせず黙らせる。

覚悟は、決めた。
オレは自分の感情に、心の赴くままにやりたいことをやるって、決めたんだ。

だから、もう何もかも関係ない。

ありのままをぶつけるだけさ。
「行くぜ、覚悟しろよ?」

「ああ」

提督の体が衝撃に備えて固まるのを感じる。

行くぜ。もう一度、心の中で呟いた時には、オレはもう動いていた。

背伸びなんかじゃ、勢いがつかない。だから。

更に小幅に一歩踏み出して、オレよりも身長の高い提督に合わせるために跳ぶ。

それで十分だった。高さが釣り合う。

提督とオレの顔が並ぶ。
「え」

唇と唇が微かに触れ合い、すれ違っていく。
それは、一秒にも満たない刹那のキス。

重力に従ってオレの足が地面に着く。
収まりきらない勢い任せに、オレは勝手に提督に身体を預けることにした。

「わ、っとと・・・」

動揺する暇もなく提督がオレを抱きとめる。
「へへ、仕返しだ」

「て、てて・・・天龍、お前何を・・・」

こんなにうろたえる提督、珍しいな。でも、まだ分かってないみたいだから。

トドメを指してやる。

「演技だの、ニセモノだの、どうでもいいね」

目の前のボンクラに向かって言い放つ。
「オレは提督・・・お前を好きになったんだ。目の前のおめーをよ。オレたち艦娘のことを心配してくれて、優しくしてくれて。時々からかってきてよ・・・」

「でも、それは・・・」

「オレたちに好かれるためだったってか。どうでもいいじゃん、そんなこと」

「は、っはああああ?」

オレの開き直った言い方に驚く提督。
「だからさ、それは提督にも『オレたちに好かれたい』って気持ちがあったからじゃん」

「それともそれは全部全部戦いのためで、本当は敵さえ倒せればオレたちが沈んでも良かった?沈むなって言ってくれたあの言葉も嘘だった?」

「そんなことはない!」

「ほら、それが答えじゃねーか。何ウダウダ言ってんだ?」

「あ・・・あ・・・」
「だいたいよ、ありのままを受け入れてくれとか言ってその通りになったんだ。これ以上何が不満だって言うんだ?」

「お、お前はそれで良いのか、天龍・・・」

あーあ・・・こいつ、まだ分かっちゃいねーや。

「・・・好きになっちまったんだ、しょうがねーだろ」
わからず屋に向かって、オレは続ける。

「オレは馬鹿だからな、演技がだとか、そんなことはどうでもいい。何のために戦うのか・・・そんなことももう、どうだっていいや」

喋っていくうちに、自分自身の考えもクリアになっていって。
自然と答えが見つかった。
「そうだな、オレはお前のために戦うよ。提督が何を背負っているのかは知らないけど・・・オレは、好きな人のために生きて、戦う。それでいい」

「提督、オレは・・・お前が好きだ。そんで、それが全部だ」

言い終わったあと、オレはとびきりの笑顔を提督に向けてやる。

「そうか、そうかなあ・・・?」
「そうだよ」
「俺はお前に嫌われる覚悟もして来たんだけどな」

「へへ、残念だったな。思い通りにいかなくって」

ふう、とため息をついて。

「何だか楽になれた気がする。俺のしてることは褒められたことじゃあないけれど]

でも、と。

「それでいいって言ってくれる奴が隣にいてくれたら、それでいいのかもしれない」

一つ吹っ切れた表情で、提督が言う。
「ありがとうな、天龍」
「おうよ」

海から一際強い風がオレたちの間を駆け抜けて、清々しい気分を残していく。

余りにもいい気分で、オレは壁を乗り越えた自分を誇っていた。

だからオレは聞き逃したんだ。

でもな、天龍と提督が呟くのを。

それがいつもオレのことをからかう時の声だってことを。
「上官として、部下にやられっぱなしってのはイカンと思うんだ」

「ひゃ・・・!」

瞬間・・・オレの腰に提督の手がまわされて、勢いよく抱きしめられる。

オレが壊れてしまうんじゃないかってほど強く、強く。

「提督、何して・・・っん・・・んんん!?」
抗議の声を上げようとしたオレの口が、提督の口で塞がれた。

唇と唇なんていう生易しいものじゃない、口と口での・・・キス。

恋人同士のキス。
さっきまで提督をやり込めていた余裕なんて、吹っ飛んじまった。

5秒・・・?
10秒・・・?
それ以上・・・?

どれくらいの間、奪われていただろうか。

混乱したオレの頭では分からない。
「・・・っぷは・・・!」

やっと開放された口で、思いっきり息を吸い込む。

はあはあ、と息遣いが乱れているのは、呼吸が出来なかったからだけじゃない。

顔だけじゃなくって、身体中が熱くなるのを感じた。

心臓が早鐘を打ち出すように、バクバクと血液を送り出しているのが分かる。

熱くって幸せでワケがわからなくって・・・悲しくもないのに目から涙が溢れそうになって。

自分でも制御出来ない感情の高鳴りにオレは戸惑っていた。

そんなオレに、トドメが刺される。

オレの腰を抱いた提督の腕に力がこもって、再び吸い寄せられる。

つま先立ちになる格好で提督に支えられるオレは、さっきまで頼りなくすがっていきてた上官のなすがままだ。

戸惑う耳元に提督の顔が近づく。
今までにない甘ったるい声で、囁かれる。

「天龍、好きだ」
「な、な・・・」

もう一度、キス。
今度は唇と唇が触れ合う。

提督の唇がつつくようにオレの唇を弄んだあと、そっと重なり合う。

さっきオレから仕掛けた刹那のキスは、一世一代の勇気を振り絞ってやったのに。

今、それ以上のことをされちゃってるよ・・・龍田、どうしよう・・・。

龍田、どうしよう・・・オレ、嫌じゃないんだ。
嫌じゃない、むしろ・・・そう思いつつも、オレの身体は素直じゃなくって。

提督に抱かれて拘束された両腕を、アイツの胸を押すようにイヤイヤと力なく暴れさせて。

提督の唇から逃げるように顔を遠ざけようとして。

そしてそんなオレをアイツが、逃がすはずもなくって。

「ひゃ・・・んっ・・・ん・・・」

結局、オレは短い悲鳴を漏らしただけで、唇は重なり合ったまま。

そのまま、たっぷりと時間をかけて、オレと提督は一つで有り続けた
ようやく、唇が離れる。
はあ、とお互いの吐息が混ざり合う。

「い、いきなりこんなこと・・・」
「嫌だったか?」

オレを見つめながら、からかうように提督が言う。
「嫌なわけ、ない・・・」
「俺のこと、好きか。天龍?」

うん、と返事をすると、してやったりという表情でこう言い放ちやがった。

「俺もだ、好きになっちまったからな・・・しょうがないんだよな?」

くそう。

そんなこと言われたら、もう怒れないじゃんか・・・。
「天龍、俺は、お前のことが、好きだ」

もう一度、囁かれるその言葉にオレは蕩けてしまうそうになる。
でも、次に紡がれた言葉が、またオレを追い詰める。

「で、天龍の気持ちはどうなんだっけ?」

「へ?」

ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべたまま、提督が真っ赤になったオレの顔を覗き込んでいた。

両腕を塞がれたままだから、オレは顔を隠すことも出来やしない。
「そんな・・・それはさっきオレ、言った・・・じゃ・・・ねーか・・・」

言葉がどんどん尻すぼみになって俯くオレを、提督は逃がさない。

オレを捕まえたまんま、器用に片手でオレの顎を捕まえて上向かせる。

「うん、って言っただけだろ。きちんと言葉にして聞きたいな」

「その前に・・・言ったじゃん・・・」

「そうだっけ、覚えてないなあ」

嘘だ。この顔は演技。

絶対覚えてるのに、オレに言わせたいだけ。
「なあ、やっぱり天龍を騙してたこと怒ってるのか、俺のこと嫌いなのかな?ん?」

「ちょ、調子に乗りやがってぇ・・・」

もうオレは涙声だ。

頭の中で警告が鳴り響く。

これ以上は、危険だ。

言ってしまったらもう、戻れない気がする。

でも。
その間にも、提督が耳元で何回も囁く。

天龍、好きだよ。好きだよって。

オレの脳が蕩けていく。

体の芯がキュン、として全てを許してしまいそうになる。

ああ、もう・・・。

「オレも・・・オレもぉ・・・提督のこと、大好き・・・」

提督のことしか考えられないや。
「っん・・・!」

瞬間、またオレの口が提督の口で塞がれた。

ああ、またさっきみたいなキスが続くんだなとボヤけた頭で思っていたけれど、違った。

とつぜん、口内に生暖かくてドロっとした感触が広がる。

「・・・ふぁ・・・て、てい・・・とく・・・!?」
「ん、どうした、天龍?」

一瞬だけオレを開放して、提督。
「はあ、はあ・・・し、舌が・・・ひたが・・・はぅ・・・!!!!???」

再び、オレの口内にさっきの感触。

「は・・・んっ・・・ん・・・ふぅ・・・ひ、ひたが・・・」

「へいとくの・・・ひたが・・・ふぁぁ・・・ん・・・・・・んんん!?」
「ひた・・・入ってきちゃ・・・っん・・・らめぇ・・・」

呂律が回らない。

だって、今オレの口は。

提督の舌が侵入して来て、すき放題暴れているのだから。
「天龍、好きだ」

「ふぁ・・・んん、ふぁぁぁ、へいとく・・・んん・・・」

「へいとくぅ・・・らめ・・・だめだよう・・・ふぁぁ・・・」

「こんなに天龍のことが好きなのに、駄目なのか?」

また、オレのことを好きだという。

それだけで、オレの心はいっぱいに満たされていく。
「う・・・ん、それでも・・・らめぇ・・・だよぉ・・・」

ひと呼吸置いて、二人の荒い息遣い。

「はぁ、はァ・・・んんっ・・・またぁ・・・オレのなか・・・入ってきてぇ・・・ふぁ・・・」

提督の舌が口内を侵して、オレをめちゃくちゃにする。

舌と舌が絡み合い、粘液が交換されて混ざり合う。

提督の舌がオレの歯茎を右から左へ、左から右へと舐めまわす。

「ふぁ・・・ふぁぁぁっぁん、そんなぁ・・・へいとく・・・ていとく・・・」
深い深いキスが終わって、オレを好きなように貪った提督の顔が離れていく。

「あっ・・・」

ようやく、開放されたのに。
(もう、終わり?)

もう身体中が火照ってしまって、これ以上は危険だと分かっているのに。
(もっと、もっと・・・提督、提督をもっと)

提督のことがあまりに愛おしくって。

さっきまで味わされた感触が、あまりに気持ちよくって。
「て、天龍?・・・ん!」
「提督・・・好き・・・んんんっ・・・!」

今度は自分から、提督の口に舌を入れた。

さっきは侵入を許したけれど。

今度はオレも舌を動かしていたから、二人の舌と舌が真ん中で絡み合う。
「ん・・・ふぁ・・・ていとく・・・ていとくぅ・・・んちゅ・・・大好き、大好きぃ・・・」

自分からいけないことを仕掛けたからか、背徳感がゾクゾクっとオレの中を駆け抜けていく。

提督と一緒に、どこまでもどこまでも落ちていく感じがして気持ちいい。

世界がオレと提督の、二人だけのものになったような気がした。
「ん・・・ふ・・・あん・・・・ひゃん・・・!?」

いつの間にか提督の手の甲が、オレのむき出しの鎖骨のあたりをなぞっていて悲鳴を上げる。

「ふぁぁ・・・ひゃっ・・・んでぇ・・・どうしてぇ・・・あっん・・・?」

いつのに・・・と思って、オレは先ほどの神通との揉め事で、シャツのボタンが飛んでしまったことを思い出す。
「あの時の・・・ひゃんっ・・・!」

今までどんな無防備な姿で提督の前にいたんだろうと思うと、これ以上ないくらい赤かった顔が恥ずかしさでさらに一層染まっていく。

でも、恥ずかしがってばかりもいられない。
こうしている間にも、提督がよりいっそうオレを辱めようとしているのだから。
「提督、そこは駄目・・・らめぇ・・・ひゃう・・・ふぅん・・・ああ、やめ・・・」

オレの力ない抗議を無視して、提督の愛撫が続く。

舌で歯茎をなぞられたのと同じ様に、今度はゆっくり、ゆっくりと手の甲がオレの鎖骨を往復する。

その度にオレは、漏れ出てくる声を必死に抑えながら、絶え絶えになる呼吸を続けていた。
「なんでだ、こんなに可愛いのに」

「オレが・・・か・・・いい・・・?ひゃん・・・」

もう片方の手が背中を撫でる。

つ、っと指先が背中の中心を上から下へと撫ぜて、またもやオレの悲鳴があがる。
「ふぁぁぁぁ・・・やぁ・・・らめらってぇ・・・いってるのにぃ・・・くぅん・・・」

悲鳴・・・そう、これは悲鳴、悲鳴なんだ。

悲鳴、悲鳴。言葉を変えてしまえば、それはどんなにかいやらしい響きになるのだろう。

「うん、かわいい。でなきゃ好きにならないだろ?」

「で、でもオレ・・・んぅ・・・くん・・・ぜんぜ・・・ん、女の子らしくないし・・・・ふぁ・・・」

鎖骨と背中を同時に撫でられて、何が何だかわからなくなる。

でも、ずっとずっと・・・いつまでもこうされていたい。

そんな甘い欲望が、オレを支配していく。
「可愛いし、とっても女の子らしいさ」

「そん・・・な。ふぁぁ・・・おれ・・・おれぇ・・・」

欲望に支配されたオレを誘うのは、悪魔の囁き。

「天龍、自分のこと『わたし』って言ってみて。そんで、俺のこと好きって言ってよ」

「そん・・・な、オレなんか、似合わな・・・あっ・・・」

永遠に続くと思っていたキスが終わって、提督の舌がオレの中から出て行く。

提督の手の動きが両方とも止まる。

鎖骨をなぞっていた手も、背中を撫でていた手も。

オレを焦らすように、すべての愛撫が止まって。

「ほら、言ってごらん?」

残ったのは、悪魔の囁きだけ。
唇にそっとキスされる。

でも、もうこんなんじゃ足りない。

さっきまでもっと凄いことされていたのに、こんなんじゃ全然足りない。

それはまるで砂漠で乾きに飢えている旅人に、一滴だけ水を与えるような。

そうすることでより喉の渇きを自覚させる、拷問。
「そんな・・・ていとくぅ・・・」

泣きそうになりながら懇願するけれど、許して貰えない。

「キスしてよぉ・・・もっとオレのこと撫でてよぉ・・・」

もちろん悪魔は頷かない。
聞き分けの悪い子供を叱りつけるようにして、言う。

「どうした、『わたし』って言ってごらん、天龍」

ご褒美は、頑張った子にしか貰えないんだから。
「言ったら、また撫でてくれる・・・?キスしてくれる・・・?」

「キスなら、今したじゃないか。ほら」

もう一度、唇がちゅ、っと触れる。

「提督・・・うぅ・・・酷いよ、ひどいよぅ・・・」
「天龍、どうした。こうしてキスしてるじゃないか」

分かってるくせに、分かってるくせに分かってるくせに・・・。

こんなんじゃ全然足りないって。
さっきみたいないやらしいことしておいて・・・。

あんな味を教えてからこんなことするなんて、酷いよ。

「こんなんじゃないよぅ・・・し、舌入れて・・・す、すごいやつ、してくれる・・・?」

「あと・・・か、身体・・・撫でて・・・い、いっぱい触って・・・くれる?」

泣きそうになりながら、オレはご褒美をねだる。

まるで生まれたばかりの雛鳥が親に必死にエサをねだるように。

それがないと生きていけないというように。
「ああ、いっぱい、いっぱいしてあげる」
「うん、じゃあオレ、頑張る・・・」

こら、と頭を撫でて、提督が言う。

「オレ、じゃないだろう。天龍?」
「うん・・・」

なんでだろう、さっき自分からキスをした時よりも、何倍も何倍も勇気がいる。

ああ、そっか。

オレにとって。

わたしにとって、これが、女の子になるっていうことなんだ。
「わたし、わたし・・・」

「ほら、がんばって」

頭を優しく撫でられる。

「俺のことどう思っているか、教えて。天龍」

「わたし・・・提督のことが・・・好き」
「よくできました」

静かに、そっと提督が近づいてくる。

わたしはそれを待ちきれずに、口を開けて舌を突き出す。

舌と舌が、再び絡み合う。
「ふぁ・・・ああ・・・んっく・・・ひゃあん・・・」

貪るようにお互いがお互いを味わいはじめて、溶け合っていく。

「ひ・・・ん・・・へいとく・・・オレ・・・わたし・・・わたひぃ・・・」

提督の手が動き始めて、わたしを高めていく。

鎖骨を弄られるたびに背筋がゾクゾクと震えて。

震えた背筋をまた、提督の指が撫でていく。

「ひぁぁっぁぁ・・・もっと、もっとさわってぇ・・・ふぅん・・・」
「ていとく、ていとく・・・わたし、提督が好きぃ・・・好きだよぉ・・・」

何度も何度も、今まで言えなかった分を取り返すかのように好きって繰り返していた。

そんな高ぶりにも、ようやく限界がきて。

提督の舌がわたしの舌から離れて、かわりに鎖骨をねっとりと舐めあげて。

背筋を撫でていた手がそれに合わせて、わたしの首筋を優しくなぞった瞬間。

「ひゃあああん・・・ふあぁっぁぁぁ、あああぁぁぁぁん・・・ああっ」

ビクビクと身体が震え、悲鳴と誤魔化すにはあまりにも淫らな嬌声を上げながら。

真っ白になる意識の中に、提督への愛おしさだけを浮かべて。

完全に力を失った足が崩れ落ちて、今度こそわたしは提督の胸に倒れ込んでいった。
「ん・・・」
「気がついたか」

気づくとオレは、提督の胸に背を預けて座っていた。

・・・提督に包まれているみたいで、ドキドキする。

「いやあ、すまん。やりすぎたようだ」
「な、あ、ああ、て、てめえよくも!」

慌てて向き直ろうとしたけど、急に恥ずかしくなってきてやめた。
「おいおい、先に仕掛けてきたのは天龍からだろう?」

「な、オ、オレはあんなことまでするとは思ってなかったんだよ!」

ちょっと懲らしめてやるだけのはずだったのに、結局コイツのされるがままだった。

「あれ、もうわたしって言ってくれないの?」
「二度というか!」

ちぇ、っと舌打ちしながら提督が残念そうに言う。
「結構可愛かったんだけどなあ」

「な・・・ぜ、絶対言わねえからな!あの時はどうかしてたんだ!」

・・・あれ、後ろで感じる提督の雰囲気が変わった気がする。

具体的に言えば、オレに『わたし』って言わせたときの意地悪な雰囲気に。

「じゃあ、もう一度どうかさせれば、言ってくれるのかな?」

「ひゃん・・・」
耳の後ろに唇が触れる。

ボタンがなくって空いたままのオレの胸元に、再び提督の手が伸びていく。

さっきと違うのは、それが手の甲じゃあないってこと。

伸びてくる提督の手を握るけれども、そんなの何の抵抗にもならない。

だって、オレ自身がすでに、これから何をされるのか期待してしまっているのだから。

これ以上は駄目、これ以上は駄目。

でもオレは提督の手を止めることができなくって。
提督はそもそも、止まる気がなさそうで。
そんなオレたちを現実に引き戻せるのは、外からの声だけだった。

「あら~、提督ったら~。天龍ちゃんをどうしちゃうつもりなのかしら~?」

空気が、凍った。
気が付けば陽は水平線の彼方に落ちて、あたりはすっかり暗くなっていた。

だから、何をしていたか龍田には見えなかったはずだ。

何をしていたか分からなかっただろう、と考えるのは都合が良すぎるけれど。

オレはこの状況を龍田にどう説明するか迷った。

龍田が少なからず提督に好意を寄せているのは知っていたから。

・・・まさかよろしくやってましたなんて言えまい。
・・・あれ、ここは正直に言うべきなのか、どうなんだ?

経験が無いから分かんねえな・・・。

助けを求めて提督をチラっと見ると、任せておけと言わんばかりに頷く。

「おう、龍田。今天龍とよろしくやってたところだ」

「そうそう、よろしくやって・・・ってオイ!?」

何で早速バラしてるんだ、馬鹿なのか、コイツは!?
おそるおそる龍田の反応を伺うと、何故かいつも通りの微笑みを浮かべている。

「あら~、じゃあ作戦は上手くいあったのね~」

「ああ、大成功」

「良かったわ~、天龍ちゃんが怒ったらどうしようかと思っちゃったから~」

・・・・・・へ?

どういうこと・・・?
ワケが分からずポカンとしているオレを置いて、龍田がどんどん話しを進めていく。

「これで天龍ちゃんと私、二人いっしょに愛してもらえるわぁ~」

「おいおい、川内と神通にはフラれるみたいじゃないか、それじゃあ」

二人いっしょ?
川内と神通も?

「お、おい提督・・・それに龍田、どういうことだよ?」

全く事態を理解していないオレを見て、龍田が提督に話しかける。
「あら~、提督。天龍ちゃんにちゃんと説明しなかったんですか~?」

「いや、最初にしたと思うんだが・・・今からの出来と、明日次第だって」

そういえば、最初にそんな事を言っていた。

「オレに好かれるように演技してた、って白状した時に言ってたな」

そんなオレの発言に、龍田がもう、違うでしょうと一言。

「それじゃあ天龍ちゃんだけで私が愛されなくなっちゃじゃないの~」

「お前、俺の話ちゃんと聞いてたか?」
あれ、あれれ~?

その後の体験が衝撃的すぎて、すぐには思い出せない。

「えっと、艦娘を強くするのに恋心が有効っていうことで、提督が演技してて・・・」

んで、そのことをオレに誤りに来たんだよ、な・・・?

「半分~、というか、4分の1正解ってところかしら~?」
提督がため息をもらす。

「あのなあ天龍、俺は確かにこういったぞ。演技していて、それで」

―だから鎮守府のエースである天龍、龍田、川内、神通には特別に好かれるように行動していた―

ええと、オレに好かれるためにってのが4分の1正解で。

提督が好かれようとしていたのがオレと、龍田、川内、神通の4人・・・。
・・・。
・・・・・・。
・・・・・・・・・。

「ええええええええええええええ!?」

「やっと分かったか」

「もう、天龍ちゃんうるさいわ~」
つまり提督はオレだけじゃなくって。

「よ、4人と付き合うって・・・そういうことかぁ!?」

「ま、まあ、そうなるな」

「うふふ、みんな愛されてみんな幸せ。いいじゃない」

混乱するオレの頭の中で、思考がグルグルとループする。
そうなのか?

そういうものなのか?

恋って、そういうものなのか!?

「いや、実際かなり特殊というか・・・普通ありえないぞ」

動揺するオレに提督のフォローが入る。

でも、提督もこの異常な状況にまだ戸惑っている様子だ。
だとしたら、提督をけしかけたのは・・・。

「うふふ、だって誰か一人しか愛されないよりも、みんなが愛された方が良いじゃない」

「お前の仕業か、龍田!」

こいつしかいないだろう・・・。

ぶっ飛んでる奴だとは思っていたけれど、ここまでとは・・・。
埠頭から鎮守府へと引き返す道のりで。

「それに、恋心が艦娘を強くするのなら・・・提督も堂々とハーレムが作れるわ~」

「ハーレムってお前・・・」

くすくす、と笑いながら龍田が続ける。

「だってこの人、誰を選べばいいんだとか俺には選べないとか。ウジウジ悩んでいるんですもの~」

「だから、選ばなくても良いようにしてあげたのよ~?」

自分の功績を誇るように語る龍田に、オレはもうかける言葉が見つからない。
「こうなった以上、そうするしかあるまい」

歩きながらため息を付いて、提督が語る。

「俺の首が繋がるかどうかもかかっているからな」

「じゃあ明日、川内と神通も落として海域攻略、ってこと?」

なんだか面白くない。

「そうだな、何だ、妬いてるのか?」

ちょっと前なら、焦って否定していた言葉。

でも今は、こうやって返すことが出来る。

「そうだよ、悪ぃか?」

面白くないから、こう返してやった。
提督も龍田も一瞬、オレの返しにポカンとして。

「天龍も言うようになったなあ」

「あらあら~、天龍ちゃんが乙女になってる~!」

二人してきゃいきゃい騒ぎ出しやがった。
ああもう、うっとうしいったらないぜ。
「あ!何だよ。オレが乙女だったら悪いってのか!?」

「あら、開き直ってる?」

「いや、天龍は乙女だぞ、なんたってさっき、自分のことをわた―」

「わぁぁぁあああああああああ!わあ、わああ!」

慌てて提督の暴露を遮るオレ。

何だよ、どう返しても結局おちょくられてるじゃねえか・・・。

「なになに~、気になるわぁ~」

「提督、ぜってー教えるなよな。言ったらぶっ殺すからな!」
鎮守府に着くと、夜の哨戒組以外はみんな、消灯に向けて準備をしていた。

提督も、明日も早いからと早々に自室に戻っていく。

「じゃあな、天龍。今日はありがとう」

「ん・・・」

改めて言われると、なんだか照れくさくて、心がムズムズする。

けれど、この心の高揚は、なんだ。悪くない。
去っていく提督の後ろ姿に、自然と声をかけていた。

「おい、提督!」

ピタリと、提督の足が止まる。

「お前のために、天龍さまが海域、攻略してやるからよ。見とけよな!?」

振り返りもせず、片手だけ上げて返事をして。

今度こそ提督は去っていった。
天龍型の自室へと向かう道の途中で、オレは龍田に話しかける。

「にしても、まさか龍田が提督に惚れるなんてなあ」
「自分でもびっくりよ~?」

まさか天龍ちゃんと同じ人を好きになるなんて、と。

それにしても、気になる。

コイツと提督の間に一体何があったのか、聞いてみたい。
「なあなあ、何で提督に惚れたんだ?何でくっつく気になった?」

「天龍ちゃんが今日提督と何があったのか教えてくれたら、教えてあげてもいいわ~?」

な、っとまたしても言葉に詰まるのはオレ。

好奇心半分、龍田を困らせてやりたくて聞いたのだけれど。

やっぱりオレにそういうのは向いてないらしい。
・・・それにあんな恥ずかしいこと、例え龍田であろうとも話せる様なモンじゃないしな。

そうやって、すっかり問いただすことを諦めたオレに、龍田が一言。

「つまり、そういうことよ~?」

「え」

それはつまり、龍田の方も。

相棒に言えないほど、恥ずかしいってことなのか?

「なあなあ、どういうことだよ。気になるだろ!?」
「言わないわ~」

オレの邪推は、多分当たってると思う。だって。

心なしか、龍田の頬がちょっぴり、ほんのちょっぴりだけ、紅い気がするんだ。
龍田もオレも、恋してるんだなあなんていうオレの甘い感傷。

それを台無しにするのは、もちろん隣の相棒で。

「ところで天龍ちゃん」

「なんだ?」

「私、今日は同じ部屋で寝ていいのかしら~?」

ん?

いつも一緒に寝てるくせに何を言うんだ?
「だってほら、今日は天龍ちゃん、身体が火照って眠れないでしょう?」

「は!?」

「安心して声が出せるように、私今日は夕張さんの部屋に泊まろうかしら~?」

ななななな、なに言っているんだこいつは!?
「よ、余計な気まわすんじゃない!いつもと一緒でいいよ!」

「あら~、そう?気が変わったらいつでも言ってね?」

いつでも出て行くから、と龍田。

「オ、オレはそんなことしねーよ!」

「そんなことって、どんなこと~?」

「~~~~~~~~~~~~~っ!」
ああ、もう。

一つや二つ、恋をしたところで。

オレたちの日常の中で、変わらないものもあるんだなって。

馬鹿みたいだけれど、少しホっとしてしまう自分がいた。
翌日、提督は川内、神通たちと朝からどこかへ出かけた。

夕方戻ってきた頃には、神通もどこか顔つきが落ち着いていたし、まあ上手くいったんだろう。

すれ違った時向こうがペコリと頭を下げてきて、オレがそれに答えて。

仲直りはこれでおしまい。

あいつらがどこまで提督のことを思っているのか―そこまでは分からないけれど。
「天龍さん」
「ん、なんだ?」

「私、負けませんから」
「ああ」

オレもうかうかしちゃいられない様だ。
決戦の日。

戦力はこれ以上ないくらいに揃っている。

提督が総出撃の指令を出したことから、オレを含め龍田、川内、神通のコンディションも最高だろう。

各艦娘が、それぞれ執務室に呼び出されて最後の指示を受ける。

「失礼するぜ」
「相変わらずノックをしない奴だ」

もう癖になっちまってるみたいだ。

でも良いだろ?

もうオレたちは恋人なんだからさ。
指示を受け取るよりも先に、まず温もりを求めて。

オレは、何も言わずに提督に抱きついた。

提督もオレを黙って受け止める。

「おいおい、もう作戦中なんだぞ」

「じゃあ抱きしめなきゃいいだろ?」

「それが出来たらしてるさ」

へへ。
そう言って二人は見つめ合う。
どちらともなく顔が近づいていって、唇が重なる。

「んっ・・・」

暖かい。

満たされていく自分を感じる。

今なら、どんな敵だって打ち倒せそうな気がした。
「天龍、お前には水雷戦隊旗艦として、ボスまでの敵艦の掃討を任せる」

「おう、オレに任せときな」

川内と神通のために、ボスまでの道を切り開く。

重要な役割に気合いが入る。

名残惜しさを感じながら提督と離れて、出撃のために退出する間際。

オレはもうちょっとだけ、欲張ってみることにした。

「これだけ頑張るんだからよ」

「ん、なんだ?」

「帰ってきたらご褒美、期待してるぜ?」

とびっきりの笑顔を、提督に向けて。
ちょっとだけのわがままを、言ってみる。

提督も、笑顔で答える。
オレの一番好きな顔で。

「任せておけ、この前のより凄いのをしてやる」

そんな言葉に、胸を弾ませながら執務室を出る。

ああ。

オレは、この人のために、戦う。
オレは、この人の前でだけ。

『わたし』になる。

これが、オレの恋。
提督と、オレの恋。

「天龍、水雷戦隊。出撃するぜ!」


【自分語り】

当初提督視点で書き始めたのですが、天龍視点の方が良くないかと思い再スタート。
次は神通の視点で書こうかなあと思っています。

その前に筆休めとして、コメディタッチの作品にも挑戦したいです。
目標は今日中にスレ立てすることです。

天龍のカラっとした性格が好きで、爽やかな恋愛を書きたかったのですが。
全く逆の乙女な天龍に仕上がったかなと思います。
オレとかボクを一人称として使う子が女の子っぽさを意識する・させられる展開は自分で書いていても楽しかったです。

それでは、ここまで読んでくれた方がいましたら・・・ありがとうございました。

元スレ:http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1425124375/

-天龍, 龍田, 川内, 神通